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54 洗脳マシーン


※さぐる→退廃的極彩色→いらないと思ったから の続き
※相変わらず痛い凌統編


甘寧は、どの感情を表に出そうか逡巡しているようだった。浮気?相手の目の前で、大切な部下を(元?)恋人にぶちのめされたなんて状況は、この世を探しても他にないだろう。

俺はというと思ってもいない謝罪をしたのち、地面に座り混んでしまった。疲れている。寝不足のところを叩き起こされた脳みそが悲鳴を上げていた。

そうして同じ目線にいる女を見やった。ずっと腹を押さえている。

「…身籠っているのかい」

突然現れた物騒な男に話しかけられて、女は驚いて肩を揺らしたが、気丈にも小さく頷いた。甘寧が好んだ女なだけある。

「調子が悪そうだね。軍医に見てもらいなよ。少なくとも俺やこいつより専門的な意見が聞けるだろ」
「…おい、凌統…」
「あんたも、ぼさっとしてないで、連れていくならさっさと行けよ」

まぁ、こんな状況にしたのは俺のせいだけど。
自分の行動をきれいに棚上げして、俺は甘寧を睨む。元より俺は女性に優しいたちなので、病気でおかしくなったとしても、それは守りたい性分なのである。そう感じて、想像していたよりずっと冷静に女と向き合えたと思った。それより遥かに感情を揺すられる出来事が起きたからか、女に対する怒りや憎しみは欠片も感じない。

「ちゃんと、俺が犯した罪は、自分で処理するよ」
「まず、説明しろよ!どういうことだ、何でテメェがここにいる?こいつは、どうして俺を、裏切ろうとした?お前はどうしてこいつらを殺した?」

甘寧はようやく、怒りという感情を選択して詰め寄ってきた。胸ぐらを掴み上げられて、並みの者ならすくみ上がりそうなその面を目前にして、だいぶ病気の俺はまたしても発情しそうなその欲を内心諌めた。辛い。

「…あんたに言いたかったことがあったんだけど」
「なんだよ」
「わすれちゃったよ」

抑揚もなくそう言うと、甘寧の手を無理やり引き剥がし、立ち上がる。頭が痛いし、ついでにあばらが痛い。やっぱり折れているのかもしれないが、その痛みが自分を現実に引き戻してくれる。女がいて妊娠しているという事実が、棘のように突き刺さってきて辛いはずなのに、病気のせいか発情しそうになる。疲れて足踏みもできそうにないので、体の痛みでどうにか現実に踏み留まっていた。

「…でも、こいつがあんたを裏切ろうとしたのは、出来ると思い込んじまったのは、俺のせいだと思う。本当にすまなかった」
「…………」
「詳しいことはちゃんと話すから、まずはいち早く医者のとこへ行きなよ。幕舎はもうないんだろ、本陣へは一日かかるぜ」
「ちっ…てめぇ、覚えてろよ」

利かされた睨みも、欲情の材料にしかならないので、本当に狂っていると思う。


気付いた頃には、果てた亡骸と一緒に横たわっていた。こんなところで眠れるなんてよほど疲れていたのかと自分に呆れる。

甘寧の部下を殺してしまった事実を報告したら、軍の者はどう思うのだろう。元より俺に甘いひとたちなので、事情を汲んでくれるだろうか。しかし甘寧を裏切ろうとした奴にいいように使われてしまったことは恥であるし、そもそも何故甘寧の動きを探っていたのかと聞かれると説明し難い。いっそのことすべて、仇討ちを諦められなかったことにしたい。

そうして僻地に飛ばされてしまえば、それが甘寧にとって一番幸せであるように感じる。
俺が今更甘寧を想っていることに気が付いたとしても、結局それは後悔先に立たずというやつで、全ては俺が悪いのだから、オレが ガマンすれば イイノダカラ

その辺まで考えて、どうしようもない吐き気に襲われ、地面に胃液を溢す。そういえばまともに食ったのはいつが最後だったかな。空腹も感じないような日々だったので、何も思い出せないが、戦の間は気を使った副将が何らか口に捩じ込んでいた気がする。

酸っぱい臭いと妙な苦味と食道を通る痛みで、少し現実に返った。悪い癖が出ていたようだ。こうやって自分を犠牲にして、一人よがりでいるのを止めたくて、あんな奴の誘いに乗ったのではなかったか。少しは自分の本心に寄り添って動かないと、結局また後悔の日々に陥るのではないか。

大切そうにお腹を押さえていた女を思い出して、俺はどうしていつも手遅れなんだろうと一人ごちた。



***


本陣へ着いた頃には、俺が甘寧の腹心の一部を殺めてしまったことが噂されていたようだった。最近に入った割には随分と知られていた存在だったので、不審に思った者が甘寧に訊いたのだろう。

殿は戦況整理に忙しいようで、俺はこちらも忙しいであろう呂蒙殿に呼び出された。

「凌統。全て報告してもらうぞ。勝手に隊を離れ、東へ赴き、甘寧の部下を…殺したこと」

怒っている。それはそうか。本当にここだけ切り取れば、俺は孫呉を裏切ったも同然だ。
辺りを見渡すが、兵の一人もおらず完全に人払いされているようだった。相変わらず俺に甘い一人だな。

「…呂蒙さん。俺、やっぱ、あいつのこと…甘寧のことが好きみたいです」

思いもよらない発言だったのか、呂蒙さんの目が丸くなる。俺と甘寧の関係を知っていた数少ない一人だが、今回の事件と発言が繋がらないのだろう。

「お、お前、それはどういう…」
「頭がおかしくなってると思って頂いて結構です。俺、甘寧のことが好きだって分かったんで、それを言おうと思って行ったはずなのに、あんなことになっちまいました。子どもまで作られて、完全に手遅れなのに」
「凌統…」

あぁ。また、やってしまっている。どうして俺は同情を集めるような言い方をしてしまうのだろうか。この目が気持ち良くなることを知りすぎているからか。

「手遅れなのに、格好悪くてもいいから、まだしがみつきたいと思ってるんですよ。今更、何言ってんだって感じでしょうけど。…報告の義務があることは分かってます。でも、これ以上のことは、まず甘寧に話したいです。許されなくてもいいんで」

俺がそう捲し立てると、呂蒙さんはたっぷり十回は唸って、髪を掻き、頭を叩いて悩んでいた。多分許してくれるのだろうその逡巡が、やっぱり甘いななどと他人事のように思う。

「…分かった。特別だ。甘寧に全てを話してから、俺に報告しろ。但し、分かっていると思うが、これ以上何かやらかしたらお前でも容赦しない」
「ありがとうございます、呂蒙さん」

こんな時ばかり、素直に笑える。


***

人払いされた広い幕舎に、甘寧がのそりと入ってきた。その顔は息が詰まりそうになる程怖い。ビリビリと怒りが伝わってくる。

「ようやく俺に言いたいことが言えるんだろ、おい、凌統。いくらテメェでも発言によっては殺す」
「呂蒙さんに、怒られるよ」
「茶化すんなら、まず一発殴ってやろうか」

本気で殴られそうだったので、手で軽く諌めて身を正す。アレ、よく考えたら、俺から愛の告白なんて、人生で一度もしたことがない。他人には甘寧が好きだと簡単に言えるのに、本人にはどうしてこうも言葉が詰まるんだろう。素直になれない自分にほとほと嫌気がさす。

「……おい、さっさと話せ。俺も忙しいんだよ、どっかのタレ目のせいでよ」
「あいつを殺したことは本当に悪かったと思ってる」
「テメェがあいつを唆したのか?女に傾倒している甘寧なら、討てると?」
「俺はあいつがあんたを裏切ることなんて、あの瞬間まで知らなかったよ」

風を切る音がしたと思ったら、顔面の左側が熱くなった。殴られたと気付いた頃には随分ぶっ飛ばされていて、受け身を取った時にあばらが軋む音が聞こえた。痛い。現実の痛みがあれば大丈夫だ。妄想で同情を求めて空を歩くのは、これっきりにしたい。

「ふざけんな、じゃあお前は何故あそこにいた?あいつらと現れた意図はなんだよ、言ってみやがれ」
「……俺はあいつらがあんたを裏切ったことに腹を立てて、殺しちまったんだよ。あんたが珍しく庇って気にかけた存在だったのを、知っていたから」
「俺の質問に答えやがれ、何故お前はあそこにいた」

現場と同じように胸ぐらを掴まれる。あの時より状況を理解しているからか、甘寧の力に迷いがない。下手したら本当に殺される。そんなことをさせては甘寧の軍での立場がなくなってしまうので、絶対に避けなければならない。俺の恥など、それに比べれば軽いものだ。

「あんたを探らせていたんだ。あいつ、金を積めば何でもやってくれたから。予感がしたんだよ、あんたがもうすっかり俺に飽きて、戦に乗じて他の奴を構っちまうような気がしたんだ。…こんなのばっかり的中させてねぇで、戦法の一つでも当てろって話だけど」

話し出したら、土石流が如く止まらなくなった。まるで言葉を覚えたての子どもが親に語るように、口から溢れていく。甘寧の顔は見ることが出来ない。

「そうしたらあの女のことが分かって、そこで初めて、後悔したんだ。俺はあんたが好きだ。とられたくない。あんたが俺以外の側にいて、俺以外のことを考えて、俺以外の奴を抱くなんて嫌だ」

あまりに直球で投げ込みすぎて、却って照れる場面を失った。淡々とこんなことを話す俺を、甘寧は果たして信じるのだろうか。

「ほんと今更なのは分かってるんだけど、これまでのこと、態度とか、そういうのを謝りたくなった。すがり付きたくなったっつうか。あんなことがなければ女に懇願したかもしれない。俺のだから、返してほしいって。でも、手遅れだったのに、のこのこ出向いて、そうしたらあいつが訳分かんないこと言い出したんだ…道案内だけだと思い込んでさ。謀にも気付けないで、情けないと思うよ」

とまらない。息の仕方をわすれた。それなのに、どこで息を継いでいるのか分からないのに、言葉が紡がれていく。頭が、頬が、肋骨が、痛い。視界がぶれて、チカチカ白く光る。甘寧の表情は、見えているのかも分からない。

「本当に甘寧を裏切れると思ったのが許せなくて、だって、あんたがあんなに手塩にかけていたのに。信じられないっつの。そしたら、キレちまってさ。本当に、ごめん。でも、本気で、いらないと思ったんだ、あんたを裏切るやつなんて、この世に存在すべきじゃないと思ったんだだから」
「…凌統、もういい」
「それでも全員はやりすぎたかもしれない。説得すれば、殺さなくてよかったのに。そもそも、俺があんな奴に頼まなければ、ちゃんとあんたに向き合っていれば、よかったのに」
「もういいっつってんだろ!」

唇に温かいものを感じた。ぬるりと異物が入ってきて、歯の裏を撫でる。よく覚えている。この瞬時に欲情を掻き立てるキスは、甘寧にしか出来ない。

「…悪ぃ、凌統、俺が悪かった。だから、頼むから、落ち着いてくれ…」
「俺はおちついてるよ」少し狂っているだけで。そしてそれは元々だから気にしないでほしい。

「…お前、本当に凌統だよな…?なんつうかよ、そういうことを、言ってくれる奴じゃなかったろ」
「まぁね。でも、ダサくても手遅れでも、これ以上後悔したくなかったんだよ」

本音をぶちまけるのは恥ずかしく、格好悪いように思えたが、一方でこれ以上の後悔は重ねなくて済むと思った。自分の妄想癖と同情病に洗脳されて一人おかしくよがるのは、もう止めにしたいんだ。

「手遅れなんてことねぇだろ……俺は、お前がそんな風に思ってたなんて、微塵も知らなかったぜ。だから、すげぇ嬉しい」
「子ども」
「あ?」

自分でも引く程、食い気味で冷たく放った単語だった。

「子どもはどうすんだよ、あんたの子だろ」
「……認知はする。金銭的に特別待遇もするだろう。だけどよ、あいつは、お前の代わりだと思ったんだ」

甘寧が頭を掻きながら言う。

「俺はお前にベタ惚れだったからよ、多少素っ気ない態度だって別に気にしてなかった…と言いたいところだが、結局それが、嫌になっちまった。つっても、言い訳にしかならねぇよな。凌統、すまねぇ。でもとにかく、あいつは代わりでしかねぇんだよ」

この男でも謝ることがあるのかと驚く一方で、その謝罪はつまり自分のことなどもう構えないという意ではないかと勘ぐった。自分の都合のいいように捉えるのも、もう止めにしたいんだ。

「…甘寧、あんたが好きだ。もう一度、俺の側にいてほしい」

ようやく戻った視界の、想像よりずっと近くにあった顔を引き寄せる。嫌がられるどころか、甘く享受される口付けに、何故か泣きそうになった。喜怒哀楽の感情がおかしくなって振りきれている。

いくら人払いしたとはいえ幕舎なので、賑やかな本陣の中でまさか行為に励むわけにはいかない。頭では分かっているが、体はじんじん痛みながらおっ勃てた性器を抱えてしまっている。どうすんだこれ。

「ぶん殴って、悪ぃ…あと、ここも」
「っあ…」
「馬鹿てめぇ、こんなとこでエロい反応してんじゃねぇ」

ただ折れた肋骨の辺りを撫でられただけなのに、体が跳ねる。やっぱ負傷してんの気付かれてたか。それにしても、こんなところで、もう止められそうにない。

「もう少し触って」
「……馬鹿、このくそタレ目」

あとで一緒に呂蒙さんに怒られるのは、数刻前の地獄にいた俺からすれば、天国だと思った。


【洗脳マシーン】
暗闇の洗脳を解いたら、甘く説いて
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