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□無聊を慰む
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戦がなければ、武将の日々などつまらぬものである。役に立ちそうもない会議に顔を出し、兵たちを調え正し、鍛錬に励む。飯を食い、時折贅沢をして湯浴みをし、眠る。凡庸で取り立てて騒ぐこともない日常に必要なのは暇潰しだ。ただ時間を費やせばよいという訳ではない。可能な限り緊迫した熱い瞬間が多いと良い。

そのような考え事をしていた凌統は、目の前の男の動きに頷く。鋭い視線と鎖鎌の軌道は思考を中断させ、本能を確かにひりつかせた。腕へ一筋入った傷に見向きもせず、節棍を叩き込む。受け止めた鎖が細かく振動し、甘寧が顔を顰めた。

恨みが流された後の二人は、周囲からすると不思議な仲だった。遠慮なく言い合い、時には全身全霊で暴れて喧嘩に及ぶ程だが、しょっちゅう行動を共にし、毎日のように手合わせしている。

余計な言葉も交わさず、戦場よろしく本物の武器を本気で振るう様に、兵達は引き軍師は怒った。鍛錬は構わないが怪我でも負ったらどうするのか。二人の回答は重なった。
――する方が悪い。

鈍い金属音を生んで甘寧の鎖鎌が飛んだ。勢いのまま凌統が相手の腹めがけて脚を伸ばす。両腕で受け止めた甘寧の表情に余裕はなかった。武器を手離したら敗け。そう決めていたはずなのについ余分な手足が出てしまうのが長身の男の悪い癖である。

「こんなものかね」
「チッ。お前三節棍久々のわりに調子いいじゃねえか」
「そりゃ光栄だ」

珍しく素直に敗北を認めて武を褒めた甘寧に、垂れ目の男は上機嫌に笑った。肩に棍を掛け、手を握ったり開いたりして掌を解していく。本気でかからねば勝てない相手だ。凌統も持ち得る力の全てを発揮しており、その手は酷く痺れていた。

緊張感の強い打ち合いは彼らにとって良い暇潰しだった。囲碁でも妓楼でも狩猟でも得られない熱を互いに好んでいた。

甘寧が観衆を散らせた。武器を副将に収めさせた凌統が出て行こうとするところを、チリチリと鈴の音が追う。

「おい、このあと暇だろ。俺酒置いてったよな」
「もう空だぜ」
「お前、珍しく俺が金出したやつだぞ。取っとけや」
「あんたの奢りかと思うと気分良くてついね」

不満げな甘寧に対し、凌統はまだ機嫌が良さそうだ。彼らの打ち合いは概ね五分五分だが、ここ数回は凌統が軍配を上げている。それに対しても面白くない甘寧が黙って隣の尻を蹴り上げた。凌統は余裕の表情で受け流している。

「こっちが用意した酒で良ければどうぞ」
「空にしてやる」
「高級品だっつの。まぁ、あんたにゃ味の良し悪しは分かんねえか」
「次絶対ぇ泣かしてやっからな」

勝者の笑みは崩れなかった。


***


先ほどまでの獰猛な戦いぶりとは一転、怠惰な戦いが続いた。木目に乗る白と黒はどちらが優勢かも分からない程雑然としている。甘寧が酒を煽りながら、また一つ石を置いた。悪手のようにも見えるそれに、凌統は唇を摩りながら次の一手へと思考を巡らせる。

「うまそうな話があるぜ」

すっかり機嫌を取り戻した甘寧が、杯を置いて碁笥の蓋を弄ぶ。凌統は一瞬その楽しそうな顔を覗き見たが、すぐに碁盤に視線を向け直した。黙って言葉の続きを待つ。

「斥候が当てた」
「登山に行かせたやつ?」
「そっちじゃねえ。香ばしい豚みたいな商人がいただろ」

凌統が短い音を発して頷いた。甘寧の部下は喧しい賊の集まりだったが、一部やけに偵察に優れた人員がいる。甘寧自身も鈴や姿を黙らせれば案外隠密行動も上手くこなす。あちこちばらまき見て回らせている部隊が、何かを嗅ぎつけたようだった。

「そろそろ食べ頃かい」
「あいつは首魁じゃねえからお前が欲しけりゃやるよ」
「まず、そいつらが何だって?」
「人身売買」

躍り出た物騒な言葉に、凌統の思考がぶれる。一瞬好手を閃いたのに、と唇を尖らせた。新鮮なネタを掴んだ甘寧は、あくまで愉快そうに悪事を暴いていく。

「村のガキかっ攫って洗脳、一芸仕込んで売っぱらって金を稼いで国興し。めでてぇ考えだよなぁ」
「兵力は?」
「五十人もいねえ」

野心に対して寡兵にも程があるだろ、と凌統が脳内でそしった。また思考が逸れ、手中の石が温くなってきて面白くなく、苛立ちを皮肉に換えてぶつける。

「誰しも野望の始まりはそんなもんなんじゃないの?珍しく正義面ですかい、鈴の甘寧さん」
「豚が賑やかに喚いてるらしいぜ。碧眼腰抜け王の弱みを握ったってよ」

整った眉が素直に反応した。皮肉屋だが忠義に篤い男は、主を愚弄する者を見過ごすことはできない。直ちに翻った。

「豚は香草焼きがいいかな。癖が消える」
「へっ。お坊ちゃんに調理できんのかよ」
「そりゃ本物はできないけどさ。蔓で縛って口に草突っ込んで火放てばいいんだろ」

甘寧が腹を抱えて笑った。想像だけで痛快な光景だった。目の前の男はキザで冷静ぶっているが、その裏で単純な戦いを好み、案外非道な部分もあると踏んでいた。だからこそ、賊上がりでかつての親仇である自分とつるんでいるんだろう、とも。

どうやら次の手が浮かばないらしい様子も併せて気分爽快となった甘寧が立ち上がる。大股で一歩進めばすぐに距離を詰められた。怪訝な顔をした男の後頭部を、毛髪ごと掴んで無理に上を向かせて口付けた。
逃げも屈しもしないとばかりに垂れ目が細められるのを至近距離で見ながら、武骨な手が帯を解いていく。

「碁は俺の勝ちだな。ついでに今日はお前が下」
「これあんたが勝ってんの?まぁいいや。やるなら寝台に……おい!」

凌統が怒声を上げても甘寧は動じない。逆もまたしかりではある。甘寧は強引に腕を捻って体躯を卓に押し付けた。結われた尾が碁盤にぶつかり、碁石が数個床に散らばった。背中にのしかかるように体重を掛けられ、凌統が呻く。あっという間にその下衣が取り払われた。

意気消沈している逸物は、甘寧の手が何度か扱く内にみるみる雫を滴らせて起き上がった。ため息か欲を逃がす息か、色気たっぷりの空気が薄い唇から放たれた。その姿に満足しつつ、甘寧が既にいきり立っている股間を腿に押し付けた。

「酒じゃさすがに油代わりにゃなんねえよな」
「んなことしてみろ、あんたの愚息を絞め殺してやるっつの」
「下の口でか?」

低俗な返しに思わず凌統の口元が綻ぶ。涼しげな顔の裏で、下品な話題に笑ってしまうことがある。幼少期から気を張り、背伸びして国に務めたせいか、置いてけぼりにされた未熟な精神が気を遣う必要のない相手の前でだけ顔を覗かせた。

体の力が抜けたらしい凌統を置いて、甘寧が勝手知ったる手つきで棚を漁った。目的物を指に十分絡めて戻り、待ちわびている後孔に押し挿れた。熱い吐息にほんの少し低い声が混ざる。まずこの瞬間に優越感を覚える甘寧が容赦なく中を責める。

一度本気で殺されかけて以来、甘寧は一応きちんと前戯に及ぶ。気が長い方ではないので、多すぎるくらいの油を塗りたくり強引に拡げる手法ではあるが、凌統の腰が揺れているところを見ると悪くはないようだった。この男との行為を覚えた脳が命令し、甘寧は欲に従って指の代わりに肉を埋めた。

「っあ――!」
「お……いいぜ、凌統。締まる」
「その内、食いちぎって、やるよ」

受け手に回って尚も勝ち気な態度は大いに甘寧を満足させた。黙って腰を掴み貪るように抜き挿しする。先端が良い所を捉えているのか、下の男は碁盤に縋りながら甘い吐息を漏らし続けた。律動の度に碁石が床に零れ落ち乾いた音を立てたが、二人の耳には潤んだ性交の音しか入らなかった。

「く、出すぜっ……おっ」
「あん、たな、あれほど中には……うっ」

出しきるように何度か動いた甘寧が同時に凌統の竿を擦ると、あっけなく果てた。結局のところ、挿入されることも中に出されることも快感を得る体になっている。舌打ちしながら凌統が後ろ足で男を引き剥がした。ずるずると抜け出る感触や追いかけるように液体が零れる感覚は、屈辱と悦を同時にもたらした。

甘寧は蹴られたことも気にせず布を手に取り股間を拭った。その顔には先ほどまでの情欲が冗談かと思うほど晴れやかだった。

「おっしゃ、明日行くか」
「馬鹿言えっつの、水上訓練だろ。俺もあんたも空いてんのは三日後」
「お前俺の予定まで把握してんのかよ」

気持ち悪い、と呟いた男の脇腹に、容赦ない蹴りがめり込んだ。

  
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