Long

□リリカルノイズ
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#4 平日正午の贅沢情事



上品な深緑色に艶めくこげ茶。それらを引き立てるような雲のような純白。控えめに刺さった薄茶の棒。銀色に輝く長いスプーンでそれらを崩し、口に運ぶとほろ苦い味とふんわりした甘みが広がった。

「…すげぇ顔してるぜ。ハズレか?」
「めちゃくちゃ美味いっつの」
「じゃあもっと美味そうな顔しろよなぁ」

くつくつ笑う甘寧と、目の前の抹茶パフェを前に、俺はまだ渋い顔をしていた。

言ったよ、確かに言った。あんたとまだ抹茶パフェ食ってないって。裏を返せば一緒に食いたいからまた会ってやってもいいって意味で言ったのに、普通早速このカード切るかね?大事に取っておくとかしないわけ?

「お、美味ぇ。アタリだな、凌統」

楽しげにしている甘寧を見て、自分が咄嗟に考えた内容のくだらなさを実感した。なんで俺がこいつと会う機会を窺わなきゃなんないんだ。目的や理由がなきゃ会えないなんてひねくれた考えで意気地なしの俺が馬鹿みたいだ。

「うん。美味い。よく短時間であんなに調べたね」
「お前にあんな可愛くおねだりされちゃ、無下にできねぇだろ」

誰が可愛くねだったんだ。こいつの頭の変換具合も病的だな。
ぐちぐち文句を言ってもペースを持って行かれそうで、俺は黙って目の前のパフェに集中した。抹茶味のアイスも小豆も生クリームもクッキーも抹茶寒天も、全部うまい。大当たり。

この店は甘寧が調べた店のひとつだった。全然京都じゃない、普通に都内の抹茶専門店。
あの日、フェスから帰ってくたくたになった俺は自宅に着いたとたん意識を手放した。特にきれいにもしていない自宅の布団でぐっすり10時間も寝て、危うくバイトに遅刻しかけた程だ。

だから、甘寧からのメッセージがスマホに大量に入っていることに気がついたのは月曜の夜だった。正直、見たくない気持ちだった。あんな訳の分からない言い方でまた会いたいという気持ちを伝えた俺は自分の行動の気持ち悪さに吐き気を催していたからだ。
それに対してのレスポンスなのか、はたまた違う要件なのか分からないが甘寧からのメッセージ件数が10と表示される画面が恐ろしくて仕方なかった。

冷静になって思い返せば思い返すほど、フェス中の自分や甘寧の行動が恥ずかしくて死にたくなる。具体的に言うと、何だかんだべたべたくっついてしまったこととか、あんな駐車場で何度もキスしちまったこととか、しまいには自分から言い出して2度目のセックスをしてしまったこととか…本当に辛い…時間よ、うまいこと戻ってくれ。ムリなら俺とあいつの記憶を飛ばしてくれ。

よし、一発ぶん殴ってあいつの記憶を消そう、そうしようと謎の決断をしてから受信画面を開いた。俺の発言の意味が分からないとか、今すぐヤりたいとかそういうメッセージだったら殺してやると思って見た画面に写ったのは、大量のパフェの画像とそれらの店のURLだった。


「お前と三日間いて思ったんだけどよ」
「…なんだい」

甘寧がパフェを食べながら切り出すので、はたと現実に返った。結局俺の方が根負けして、甘寧に食いたいパフェの返事を送り、今こうして実現に至っている。結局、こいつに流されているような気がする。

「お前とやりたいこととか行きたいとことか、無限にあるなって。つうか何しても最高に楽しいに違ぇねぇってよ」

よくもまぁこっ恥ずかしいことを、こんな女子ばっかりの店で堂々と言えるよ。誰も気にしちゃいないなんて分かってるが、居たたまれなくなる。
けど、こいつがあんまり自信満々に言うから、そうかもしれないと思ってしまう。こいつのスピリチュアル能力だとか、アゲチン説はいまいち信用できないが、こいつの言葉には力があると思う。
俺といてそういう風に思ってくれるのは嬉しいことなのに、天の邪鬼がまた顔を出す。

「へえ、おめでたいね。けど、あんたの都合だろ。俺は別に、何でもいいってわけじゃないんですけど?」
「真っ昼間からビアガーデン行こうぜ」
「……行く」

こいつ、俺の転がし方が分かりすぎてないか。通算4度目なのに。
だよな、行くよなぁとニヤニヤ笑う顔がムカついて、テーブルの下で思い切り脛を蹴ってやると痛ぇ!と喚いてから睨み付けられた。自業自得だっつの。

「ったくすぐ手足が出やがるな。でよ、お前バイトとか路上ってどうなってんだ?とんと歌ってるとこ見ねぇけど」
「あぁ。ちょうど先日、正式に陽虎と契約したから、その日でおしまい。バイトは残念ながら一週間だけ期間が株っちまったけど、まぁなんとかなった」

陽虎というのは俺を雇ってくれるという奇特な社長、孫権さんの興した会社で蒲z虎のことだ。多くの動画配信者を抱え支援してくれる会社で、一応音楽部門では俺が初の社員となる。と言っても、平日毎日出社するわけでもなく、基本的に家での活動を続けていいとのことだった。動画で色々配信する時にチェックが入るくらいだ。
曲は今後、会社のレーベルで出すことになるだうから何度か打ち合わせが必要になるが、これもほとんど形のみで俺のやりたいことを優先させてくれるとのことだった。プレデビューの予定も決まっている。夢見ていた生活だが本当に現実ではないみたいだ。

報告した俺に甘寧が嬉しそうに頷く。お前、売れるからな、良かったじゃねぇかとニコニコ言う様は随分昔から応援してくれているファンのようだ。まさかまだ会って2ヶ月と2週、4回目とは思えない。…してきた行為も含めて。

「へぇ、いい支援してくれる会社だな」
「俺には勿体ないくらい良いとこだよ」
「自信持て。お前その会社の看板になるんだからよ」

そりゃまたお得意の発言ですか。言いきる内容はとても嬉しいが、100パーセント信じられるかというとそうではない。まぁ、そうなるように頑張って活動するのが精々だ。照れと喜びを悟られないように雑に返事をする。

「…で?なんなんだい、昼からビアガっての」
「お前の就職祝いと、プレデビュー祝い。俺、夏休みが余っててよ。盆は家庭持ちに譲ったから特に取りやすい。平日真っ昼間から行こうぜ」
「…最高」

ほんと、こいつの提案って尽く俺のツボなんだよな。趣味とか性格が合うからなのか。フェスが終わって今日抹茶パフェ食って、この次はどうなるのかと思っていたが思いの外すぐに会えそうだ。…いい友人として、食ったり飲んだり出来る予定が立つのは、いいことだと思う。

「俺の方は休み申請出すのかな。まぁ秘書さんに聞いてみるよ」
「おぉ。じゃ、お前の予定のメドが立ったら連絡してくれ。俺もさすがに前日当日だと困る」
「へぇ。今日会いたいって言われたらどうすんだい?」
「お前なら全力で都合付ける」

…そうですか。再び上ってきた照れを隠すように口にパフェの残りを突っ込む。こんなに美味しいのに、なんだか全力で味わえない。気が散る。
甘寧の返事はいつも迷いがない。本心から言っていることは色んな場面や会話で嫌と言う程分かっている。俺だって朝から社長のとこ顔だして、その後空いていた1時間のところでわざわざ会うくらいだから甘寧のことは気に入っている。人間として。恋愛感情では断じてない。

「今日この後は予定あるって言ってたか?」
「あぁ。会社で紹介してくれたボイストレーナーの先生と会う。俺、色々独学だから、改めて習うのって緊張するね」
「そうか。まぁ気ぃ抜いてけ。大丈夫だ」

さっきから売れるだの大丈夫だのと、一体俺の何を知ってるんだかこいつは。そういう嫌味を言ってやりたいのに、甘寧の根拠のない断言が嬉しく感じるだなんて、俺も毒されてきている。

「美味かった。ごちそうさま。あ、なぁ、ここ持たせてくれっての。改めて、運転とか、フェス中も…色々感謝してる。すごく楽しかった」

言おう言おうと思って、最後はなんだかバタバタしてしまったり気まずくなってしまったりで、伝えられていなかった礼をする。今更だ。もうあのフェスから2週間も経っている。メッセージでさらっと言えば良かったのに、出来れば直接伝えておきたいという意地のせいでこんなにも遅くなってしまった。
あまりストレートにものを伝えることがないため、どうしても照れてしまう。最後の一言を言い終わる前に甘寧から目線を外し、卓上に丸められた伝票を手にした。返事も聞かずにレジに向かい精算を終わらせる。
そのまま外に出ると、続いて甘寧がのそのそと店から出てきた。珍しく緩慢な動作だ。

「お前、ずるいな」
「はぁ?なにが」
「これ以上好きにさせてどうすんだよ、さっさと責任取れや」
「なっ、知るかっつの!そりゃあんたの勝手なお気持ちでしょうが!」
「お前がやけに無防備だったり可愛かったり近付いたりするのが悪ぃんだろ!」

意味が分からん。理不尽な言い合いだ。そういえばこいつの頭ぶん殴って記憶を消してやろうと画策していたことを思い出し、勢いで拳を頬に向かわせるとそのまま手首を取られた。殴る勢いは殺されたが、ゆるゆると力なく甘寧の頬に手を当てさせられる。

「ほら、こうやって、すぐ触ってくれるだろ」
「っ!殴ろうとしただけだっつの、放せ、人前だぞ!」
「そういうとこ。人がいなきゃいいって思っちまうだろうが」

ぱっと手を放され、俺はとっさに自分の手を守るように胸に抱えた。掴まれていた手首が熱い。何故か心臓までドコドコうるさい。耳障りだ。

「…で、何時からどこでボイトレだって?」
「…15時から合肥駅そばだけど」
「んだよ、俺んち近ぇじゃねぇか。車で送ってやる」

行こうぜ、と甘寧が俺の返事も聞かずに歩き出す。なんとなく、この話が出たら送ってくれる流れになるような気がしていた俺は、期待というべきか予想というべきか、その通りになったことに言えもしない充足を感じていた。

 
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