Long

□リリカルノイズ
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#5 自由と呼ばれるきゅうくつ



水浸しの家の処理は、思った以上に苦戦した。まず重要かつ無事だったギターやノートパソコンなどを救出し甘寧の車に積む。部屋の入り口付近が大変なことになっていたので、大家さんがかき集めたタオルや新聞紙を敷いて作業したが、それらも最後にはびっしょりと濡れていた。

濡れてしまったテレビやらゲームやらはとりあえず写真を撮った。保険請求時に必要になるらしい。取っておいていた古いマンガなども全て濡れていた。これは乾かせば読めそうな気もしたが、思いきって捨てることにした。
冷蔵庫は生きていたが、ボロくて小さいしわざわざ持っていく必要がないと思ったのでこれも捨てると決めた。

結局、いきなり引っ越しと大掃除と断捨離的な作業をするはめになったのでその辺りも請求してやりたい気持ちになる。元々へとへとだった体が疲労感でいっぱいになった。
だが、俺以上にさくさく動いて作業を手伝ってくれた甘寧を見ていると、そういった不満もどこかへ飛んでいく。手際よく物を運んだり捨てるものに印を付けたりする様は業者かと思うほどだ。

14時すぎに始まった作業も、18時頃にはなんとか目処が立った。昨日ほとんど同じ時間だけビアガーデンで飲んだくれていたのに、今日は汗水たらして労働しているかと思うとなんだかおかしかった。

家を出る瞬間には件の加害者くんも出て来てまた謝罪してくれた。手伝うと言ってくれたのを断っていたが、動向をずっと見守らせてしまったのなら何かしらやってもらえば良かっただろうか。
大家さんは101号に住んでいるのでそこにも声をかけた。残ったものは後日処分し、以降住むことは考えていないことを伝えると残念がってくれた。ちょっとくらい音を出しても文句を言わない人のいいおばさんだったので、俺も少しだけ寂しくなった。

甘寧の車が持ち主の家に向けて出発した。

「はぁ、疲れた。甘寧、本当に助かったよ。休みなのにこんなに働かせちまって、悪かったね」
「気にすんな。仕事の現場に比べりゃ大したことねぇよ」
「プロの手つきだったもんなあんた」

きびきび動く甘寧を思い出すと少し笑えた。昨日まで住んでいた家にもう住めなくなるなんて大層な出来事だと思うが、意外な程へこんでいない。衝撃はあったが、それ以上になるとかなると思わせてくれたのはこいつがいたからだ。前までの自分だったらズルッズルに引きずっていたと思う。

「現場監督ってよ、まぁ色々こき使われんだ。前調整、手配、着工、指示出して安全確認して終わったら報告して、何かあったら責任取る。地獄みてぇに押し付けられる」
「道路作ってんだっけ?すごいことだよ。あんたが手掛けた道をこうして走ってると思うとマジで尊敬するっての」
「やめろって、んな大げさな。まぁ、お前に褒められるのは嬉しいけどよ」

助手席の窓から長く続く道路を見つめる。そうだよな、こうやって俺が何をしなくとも、道があってガスが使えて電気が使えて水が使えて…生きてるだけで金がかかるなと税金の徴収書を見て恨んだこともあるが、インフラが整ってることは感謝すべきことだ。

「つうか、今日はあれだ。お前がこれから俺んちに住むかと思うと、テンション上がってよ。全く疲れてねぇ」
「そりゃ、何よりで…」
「あ、ベッド買いに行こうぜ。さすがにシングルに俺とお前は無理だ」

真剣に言うのでうっかりそうだったね、と返事をしそうになった。待て。一緒に寝るのが前提なのも、俺がずっといる気なのもおかしい。

「確認なんだけど。新しい家が、見つかるまで、住まわせろって言ったよな?」
「そうだったか?」
「俺は長々あんたんとこ居座る気はねぇっつの!」
「まぁ、とにかく試しでいてみろ。出れねぇようにしてやるから」

それは、拘束とか軟禁とかじゃねぇよな?なんて、俺らしくもなくゲスな想像をしてしまった。何考えてんだか。
今このままこの話を続けていてもまたペースを持っていかれそうなので、慌てて話を変える。

「俺、結構腹減ったな。何か食いたい」
「おーそうだな。ラーメンでも食うか」
「いいね。あんたんちの近くうまいとこある?」
「わりと豊作だぜ。色々行こうな」

上機嫌で乗ってくれるので話をうまく反らせたことには安心したが、何となく、こいつの中の俺はずっとあの家にいる前提な気がする。

俺がどれだけ必死に拒んでも結果的に色々と甘寧の思い通りになっていく感じが恐ろしい。…あぁ。恐ろしいさ。そりゃ、ちょっとくらいは、悪くないとも思うけど。こうなっちゃったら仕方ないなって、思うしかないでしょうよ。

また頭の中だけで延々と言い訳を垂れながら、勝手にBGMを変えた。フェスでも聞いたその曲が、耳に心地よかった。


***


甘寧の家に来て2週間が経った。結論から言うと恐ろしい程居心地がいい。俺は元々フリーターで、日中中心にバイトをしていたとはいえ通常の社会人よりはだらしない生活リズムだったと思う。
それが仕事で6時起きの甘寧に合わせて起き、日中はそれぞれ仕事して、夜は飯食って風呂入って音楽聴きながらくっちゃべって0時までには寝るという超健康生活になった。それなのに全然苦痛じゃない。むしろ頭も体もシャキッとして、音楽も動画も制作作業が捗った。
会社に住所が変わった旨を伝えたが、通勤手当などがあるわけでもなく、紙一枚書いただけで受理された。ちなみに家賃手当もない。普通のサラリーマンとは異なる職業だからだ。

甘寧が休みとなった土曜には、一緒にカラオケにも繰り出した。趣味が合いすぎてフリータイムの6時間をずっと歌い通して危うく喉が嗄れかけた。私生活でそんなことしたら、あの台風みたいな先生にガチで怒られる。

俺の方は土日も平日もあまり関係なく、空いていれば打ち合わせやボイトレが入った。ビアガーデンの際に休みを取ったと告げたが、正確には会社にその二日は打ち合わせ等ができない旨を伝えただけだ。自由業らしくていい。

同居生活17日目の日曜日、午前。俺らはローテーブルで甘寧が淹れたコーヒー片手に睨み合っていた。

「なぁ、そろそろ分かったろ。居心地最高だろ。家探しする無駄な暇あんだったら遊びに行こうぜ」
「んなわけには行かないでしょうって。俺あんたにおんぶに抱っこじゃプライド死にまくりだよ」
「養ってやるとまでは言ってねぇだろ。気にしすぎだ」
「こういう性格だっつの。しんどいなら今すぐ出てってやるぜ」

甘寧は深くため息をついた。自分でも面倒なことを言っていると思う。だが、こいつに世話になりっぱなしなのはやはり気に食わない。

「折半でも、嫌か?」
「家賃だけじゃなくて生活費も、ってんならまぁ…一案としては」
「分かった。じゃあ請求するぜ。面倒でも、お前には居てほしいからな」

また目をガッチリ見て言われるので俺はすぐに降参した。こいつの目力は強すぎる。いくら感謝しても足りないくらい世話になっている気でいたが、こいつからするとそれがいいらしいので同居は継続となりそうだ。

甘寧がコーヒーを置いて、俺の膝をトントンと叩く。もう、だめだ。これ以上話し合いできそうにない。俺もコーヒーをそっと置き、不動産情報を見ていたスマホのページを閉じる。

甘寧とのセックスは、奇妙な程当たり前の行為となった。時間も間隔も回数も何の決まりもない。あいつがしたい時にアピールがあって、俺の気分が乗れば応じる。今のところ、断ったことはない。
近づく甘寧の顔には慣れず心臓がおかしくなりそうだし、数えきれない程したキスも未だに腰が抜けそうになるほど気持ちいい。

「ん…」
「…。お前のキス顔、エロすぎ」
「わざわざ、そういうこと言うなっての」
「そうやって恥ずかしがってんのも最高だぜ」
「うぁ、あっ…」

いや、俺は生娘か。そうツッコミを入れたいくらいだが、事実甘寧にあえて性的なことを言われると羞恥心でいっぱいになる。こんなのに慣れろというのも無茶な話だ。でも、もうセックスは拒めない。

従順に行為を受け入れる俺に甘寧も色々思うところがあるだろうが、とりあえずそこへの追究は今のところない。
性欲を恋愛と勘違いするのは、男にありがちな間違いだと思う。回数を重ねればさっさと飽きて、愛だの恋だのは錯覚だったと分かるかもしれないという邪な考えと、シンプルに気持ちいいからという不埒な考えが、俺を甘寧の前に突き出す。

「そろそろ、乗れるんじゃねぇ?」
「な、に…乗れるって」
「騎乗位」
「なっ、あ、あんた馬鹿じゃねぇの、無理だっつの体勢考えろよ」

思わず早口で反抗する。これまで正常位も後背位もして満足していると思ったのに、それ以上を試そうという考えが浮かぶこと自体びっくりする。今までの体位で十分恥ずかしいのに、俺がこいつの上に…考えただけで死にそうだ。それこそプライドが。

「お前体柔らけぇし、ココだって、」
「ああっ!?」
「な、十分解れてる」
「〜〜〜っ!」

当然毎度ローションは使ってもらうが、それにしても確かに、スムーズになったとは思う。本当にどうなってんだ俺の頭と体は。あれだけ男に犯されて一人大騒ぎしていたというのに、たった数ヶ月で人は変わるもんなんだな。過去の自分に告げたら冗談抜きで倒れるだろう。
甘寧の指が自分の弱点を突く度に声が漏れ、ローションの音が響き、否応なしに脳が性欲に支配されていく。時々乳首を舐められ、固い舌でちろちろと愛撫されるとそれだけで腰が浮く。挿入されたいという欲が男にも起きるとは、本当に信じられない。これ以上は深く考えないこととする。

「も、むり…なぁ、甘寧」
「俺ぁ本当にお前のそのねだりに弱ぇんだけどよ、今日はマジで乗ってみねぇ?」
「やだ」
「頼む」
「…っあ、や、だ、って…言ってんのに」

俺こそ、こいつのねだりに弱い気がする。色々してもらってその礼を体で返すだなんて馬鹿な考えだが、ちょっとくらい、こいつの頼みは聞いてやってもいい気になってしまう。
甘寧は本日解体予定のシングルベッドに俺を誘導し、スウェットとパンツを脱いで横たわった。上は元々着ていない。休みの日は上裸で過ごすのが常らしく、休日の度に刻まれた龍と目が合うのは悪くなかった。

「来いよ」

不敵に笑うその表情が、欲情を全面に出したその顔が、俺の判断能力をますます奪う。のそのそとベッドに膝をつき、甘寧の上に跨がる。こいつとするキスは、俺のごちゃごちゃした羞恥だとか抵抗だとかそういうのを吹き飛ばしてくれた。
甘寧が俺の腰を良いだけ撫でて、尻を指でトントンと叩いた。行為が始まる時と同じように、あくまで合図程度に優しく。

「う……怖ぇって」
「大丈夫だ。お前のペースで入れていいんだぜ、むしろ怖くねぇだろ」
「あんたがコッチの立場になってから言ってくれ」
「そら無理だ」

なんでだよ。やや不満に思いつつ、別に俺もこいつのことをわざわざ抱きたいかというとそうでもないので話を切り上げた。
甘寧が尻を掴んで広げたそこに甘寧のものが触れると、それだけで体が震える。やっぱ、むり、どう考えても無理。体勢は思ったより負担もなく平気そうだが、自分から入れるというのが本当にきつい。主に精神的に。

「甘寧、入んねぇって…」
「息吐けよ。ここ、可愛がってやるから」
「ん…うぅ、」

甘寧が俺のものを扱くとそれだけで気持ちよく、うっかり力が抜けたところに一物が入ってきて思わず呻いた。侵食されそうなこの感覚に恐怖だけではなく、確かに期待が含まれるようになったのはいつからだろう。
気付くと甘寧のものを全て飲み込んでいた。後ろにのけ反って短く吐かざるを得ない息をどうにか整える。

「はっ、はっ、…ん、見るなっつの…」
「いや、見んだろ。すげぇ。エロい。最高だぜ、凌統」

甘寧も強く興奮しているのか、息が短い。中に入っているものがまた固くなった気がして、それにも喘いでしまう。もう、ダメだな。俺の役立たずの脳みそで考えることはやめよう。
考えることを放棄すると、残るのは性欲を追いかける本能だけだ。息を吐きながら腰を浮かせたり落としたりすると簡単に気持ちよさが得られた。甘寧が俺の太腿をがっちり掴んだままじっと見てくるのも、快感に変換される。

「アっ、ん、きも、ちいい」
「…お前、自覚ねぇのか?」
「なん、の?」
「俺なしじゃいられねぇ体になってるぜ」
「バカ、言ってんなっつの、んなわけ、ねぇだろ……ああっ!?」

ズン、と音がしたような気がした。甘寧が下から腰を上げて無茶苦茶な勢いで穿ってくる。突然現れた強すぎる悦に、なすすべもなく思考と身体を持っていかれた。

「や、あ、ソレ、むりぃっ、かんね、」
「エロすぎる、お前が、悪ぃ」
「イ、イキたいっ、な、触って」
「まだ、だめだ」

意地の悪い回答をされて、尚も奥を突かれ続けて、脳が弾けそうになる。視界がチカチカと眩んで、自分が今何をしているのかも分からなくなる。分かるのは、今目の前から甘寧が消えたらイケなくて困るなという頭の悪そうな感想だけだ。

  
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