若旦那の書棚

□朱染めの言祝
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「どうじゃあ〜。綺麗じゃろぉ〜」

「ほうじゃな。
で、此れをどうしろと」

「勿論、嵌めてくんろ〜」

人差し指と親指で挟んで持ち上げた其の指輪は、快援隊船内のショボくれた灯りでも、鋭い光を照り返す。玉(ぎょく)はついていないが、プラチナの造りらしい其れ相応の風格がある。

「なんで、わしが嵌めにゃあいかんのじゃ」

其れは、想定外。
箱から中身は読めたが、此れを贈られる意味が汲み取れない。陸奥は、デカイ図体をモジモジさせる男を胡乱に見つめ返す。痛みを堪えて立ち上がり、股間に両手を挟み頬を朱色に染める姿は…相当、気色が悪い。

「何ぞ、落ちとるモンでも食ったんか?」

「日頃の感謝の気持ちじゃあ〜」

…………頭ば、打ったな。

「こげなモン、邪魔以外何物でもないぜよ」

装飾の類い等興味も身に付ける習慣もない陸奥は、坂本に突き返そうとしたが、嵌めろ嵌めろと言って聞かない。

はぁ…。

今日はまた、一段と溜め息が出るわ…。
陸奥は、右手につまんだ指輪とパーに開いた手の平を見つめると、左中指に突き刺した。
根本まで差し入れて、坂本の目の前に突き出す。

「どうじゃ。似あっちょるじゃろ」

陸奥は、坂本の言葉にいつもの無表情を返す。

「見ての通りのブカブカじゃあ」

………………はっ?

「何、言うとるんじゃ?オバちゃん皆が、此のサイズじゃあ言うたんじゃ!」

坂本曰く。艦内で数少ない女性…食堂のオバちゃん達に、陸奥の指輪のサイズの確認を頼んで、此れで間違いない!と御墨付きを貰ったそうだ。
嗚呼。そう言えば、食事に行ったら食堂のオバちゃん連中から、色んな指輪を嵌めさせられた事があったな…彼の時は、時間もないのに――オバちゃんじゃなかったらキレていただろう。と、思い出す。
陸奥は、少し遠い目をしながら、嵌めた指輪を上下する。其れには、何の抵抗もない。
ふと、思い立って一番太い親指に代えてみても…まだ若干。

「なっ…なしてじゃ!」

「知るか」

ツルン。阿呆面を晒す坂本を尻目に、指輪は存在意義を忘れて抜けていく。いつもケタケタ笑って腹立つモジャモジャが、今は真っ青で…少々気味が良い。
口許を弛めて、陸奥は指輪の穴を覗くと…もしやと思う。

「坂本」

茫然自失の男の手は、ゴツゴツ太い。攘夷戦争で活躍したと言うのは伊達ではないな。と改めて、薬指を選ぶ。

「やっぱりじゃあ」





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