執事様の書棚

□涙は背中で語れ〜参〜
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‐ownership is asserted‐






夕暮れ刻に、昼間の熱気が残った風が入り込んで来る。

「暑ィ…」

「先生!いつまでもサボってないで、ちゃんとやって下さい!」

銀八は、煙が出てない煙草を銜えたまま、妙に生返事する。国語準備室の窓際から室内を振り返れば、椅子に座った彼女の後ろ姿。

「私、早く帰って新ちゃんとスーパーに行く予定なんです」

背中越しでも、彼女の手元が忙しなく働いているのが分かった。

「先生も神楽ちゃん達と行くんじゃないんですか?」

「そうだなぁ…」

忘れてた。の言葉銀八はを飲み込んで、窓辺に両肘を付いて頭を後ろに倒した。空と校舎の上部が見えた。

「…先生。ホント、私帰りますよ」

彼女の怒りは尤もだ。
妙も弟と用事があるし、銀八も保護者代わりをしている兄妹と用事がある。
ボンヤリしている暇などない。

「やっ。お姉さんに帰られるとヤバいんですけど…」

「だったら真面目にして下さい!タイムサービスに間に合わなかったら、先生のせいです!」

「俺もよぉ…あの底無し胃袋兄妹にたかられてっから、タイムサービスは外せねェ――けど、まぁ…今日は大丈夫か?」

不意に、手の平を返すような発言に、妙は肩越しに視線をやれば、仰け反った銀八の喉元が見えた。じー…と窓の外を見ている。

「先生?」

「んー…アレだ。志村姉の買い物には、俺が付き合ってやっから」

――だから新八には、今日の買い出しは一人で大丈夫だって言っとけ。

そう言って、漸く銀八は視線を室内へと戻して来る。
夕陽を背にして、陰になった銀八の表情は読めない。眼鏡の光沢がいつもの死んだ魚のような目元を隠す。
一瞬、知らない男が居る錯覚を覚えて、妙は慌てて自分の視線を手元に戻した。

「…先生が、荷物持ちになってくれるんですか?」

「今日俺、車だしね」

コッ。

「ソレよりさぁあ。志村姉…」

コツコツコツ。

銀八の足音が、近付いて来る。妙は、漸く仕事をしてくれる…とは、思わなかった。
――予感がしていた。

「…お前さ」

狭い準備室では、例え部屋の端と端に離れて立っていても、数歩の事。銀八も、もう真後ろに立っている。

「なんですか?」

「告白されたんだって?」

銀八は、妙の座った椅子の背もたれに両手を置いた。

ビクリ。

その一瞬、銀八の武骨な指先が背中に触れて、妙は息を凝らした。





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