執事様の書棚
□神有月の欠片
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〜密室と白衣と男と女〜
――やっぱ、上手くイかねぇか…。
銀八は、根城の窓際で、吹かした煙が黄昏に溶けていくのを、深い溜め息を吐いて見送った。
「…ダセェ」
本日此の日は、銀八二十ん歳の生まれ月日。
国民的家族アニメに倣って、三十路なんて未だ来る予定はないが、以前と較べると明らかに回り諄くなった。
『俺の誕生日に何かくれたら…内申にイロ、付けてやる』
欲しい『モノ』を直接強請らず、朝のSHRで特定多数の人間に告げたのだ。なのに、敗北。恥ずかし過ぎる結果。
――銀八、おめでとう。
とタメ口から始まって、寄越して来たのは、大方の予想に洩れず菓子類。
飴、ガム、薄切り芋の揚げ物的な物、煎餅、羊羹、饅頭…等々。一番多かったのは、板チョコ。他は、烏賊の燻製、柿ピー、チーかま…って酒のあてを寄越すならメインの酒も――は、学校では流石にヤバいか。
アダルティーなDVDや写真集を渡して来た野郎もいた。
今週号のジャンプ…は自分で買うわ。
どれもある意味、欲しい『物』ではあったので有り難く頂いた。
ただ、沖田姉弟の激辛煎餅は気持ちだけ受け取り、さっちゃんの広辞苑よりも分厚い原稿用紙の束は、ブツも情念も納豆と一緒に投げ飛ばした。
――が。
どれも的外れな『物』。
本当に欲しかった『モノ』は…。
『私、賄賂を贈らなきゃならないほど不自由してませんから』
と一蹴された。
どうすれば良かったのか?
『頼むから、御祝いして♪』
と、同情に訴えるべきだったのだろうか…?否。恐らく結果は変わるまい。
此れ又、クラスの連中、他のクラスの生徒、同僚教師が祝ってくれて――はい、おしまい。
銀八が何を言おうが、結果は変わらない。そもそも、銀八の言う『イロ』を真剣に期待している生徒など居やしまい。
準備室の片隅のソファーの上の品々は、基本、好意なのだ。
――俺、担任じゃん。アイツ、委員長じゃん。
飴一粒。チョコ一枚。くらいくれても良いじゃん。
適当に委員長に指名されて、無理難題を押し付けられている。と考えているだろう『アイツ』が、銀八に対して好意などあると思う方が厚かましい。其れでも、せめて。
――たった一言くらい…。
真面目で堅物な委員長様に、クラスいち学内いちの美女に、祝辞を述べて貰いたかった。
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