若旦那の書棚

□夜明け前
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〜夜明け前〜





−prologue−

〈十月十日、妙〉








「好きです」

「ああ?」

微酔い加減の彼は、いつもの黒い椅子に腰を掛け、いつものように目の前の机に両足を置いていた。
私が告げると、漸く愛読書から胡乱な眼を覗かせた。

「私、銀さんの事が好きです」

机を挟んで正面に立った私は、もう一度繰り返す。

ピタリ。

彼の視線が、私に固定されて、早鐘のようだった鼓動は静まっていく。其のまま止まれば、どんなに良い事か…。

「…えっ?何?ドッキリ?時期外れのエイプリルフール?」

「いえ…本当です」

「………………そっ」

告げた私ではなく、彼が視線を逸らす。私は、逸らせなかった。逸らしたくなかった。

――だって、今日が最期だから。

「すみません。せっかくのお誕生日に、突然こんな事…」

「あー…イヤ、別に。けどな」

彼は、足を床に降ろし、愛読書を机上に置く。珍しく眉と瞳を近付けて、私を見上げる。

「俺は、オメーの事、んな風に思った事なんざねぇよ」

――ほら、やっぱり。

「ええ。知ってます。ただ、告げたかっただけなんです。
――忘れてください」

お願いします。と頭を下げると、何がしたかったのか当然訊かれた。
彼は、ふわふわの髪を掻き混ぜながら、眉間には皺。

「そろそろ告白しなかったら、とんでもない処で暴露しそうだったから…」

「何、其れ?」

「さあ…ギリギリだったみたいです」

自嘲気味に口許を緩めると、彼が深く嘆息して頭をコトリと愛読書の上に横たえた。今にも、メンドクセェ…と呟きが聴こえてきそう。

「あと」

「何、まだ何かあんの?」

「此れから、私に優しくしないでください」

「…俺、御姉さんに優しくした覚え、ないんだけど?」

「優しかったですよ。銀さんは…いつも」

初めて逢った時からずっと――。私は、銀さんの優しさに生かされた。

「お願いします。
そうじゃないと、いつまでも銀さんの事を好きなままですから…」

――なるべく早く、忘れますから。






私は、自分勝手、好き勝手に告白を終えると――静かに万事屋を後にした。





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