若旦那の書棚
□神有月の欠片《2013》
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じりりりりーん。
「はーい。万事屋銀ちゃん」
『あっ。万事屋の旦那?』
「…の営業は終了しました。また明日の御利用を――」
『はいはい。お妙からの指名を断る勇気があるなら、どうぞ』
本日、一日の最後を飾ったのは、地獄からのナースコールだった。
――そんなんあるかぁぁぁっ!!
銀時には、叫ぶ反骨精神さえ沸き上がらなかった。
何がいけなかったのだろうか?――銀時は、思わずにはいられない。
此処暫くは、仕事も真面目にこなし、酒も控え目甘味も少々。家賃を納めれば、賃金も捻り出したと言うのに…此の様だ。
「ぎんさん、おんぶ〜」
観音の姿をした恐怖の女帝に、死の宣告を突き付けられるとは世も末。
――風呂上がりの至福の一時を返せ!
はぁ…。
「じゃあ、後は任せたわよ。旦那」
「任せた…じゃねーよ。ゴリラ山のゴリラどもが、ものごっつい眼で睨んできてんじゃねぇか!」
ちなみに、其れを実行するのは、ボロ雑巾の如き体裁で這いつくばるゴリラと其の取り巻き共。怨嗟の呻きを地に這わせ、銀時の隙を窺っている。
銀時を呼び付けた地獄の女幹部は、其れに振り返りもしない。気にした風もなく、とっととトンズラを放く気満載だ。
「ぎ〜ん〜と〜きぃ〜〜っ!」
「彼奴等に任せりゃ良いじゃねーか!何で態々!!」
「妙に言って頂戴。じゃ!」
「ぎんさん、おんぶ♪」
「………………っ!」
ねっ。と、女幹部は肩を竦めて、身を翻す。銀時は、ヒラヒラと游ぐ袖を捕まえようと手を伸ばしたが、紙一重で逃げていった。
――逆に捕まったのは、銀時の方。着物の裾が、此方はしっかりと握られている。
「オイ!コラ!銀時!!お妙さんを御送りするのは、俺の役だっ!」
「熨斗付けて押し付けてぇよ!!」
「ぎん、さん」
「近藤さん…残念でさぁ。お妙さんの御指名は、万事屋の旦那みたいですぜぃ」
「間違いに決まってるだろ!
お妙さん!貴女のアッシー参上です!」
「近藤さん…。意味分かって使ってんのか?」
――アッシーとは、送り迎えする《だけ》の便利で都合の良い存在の意。男ですら無い。
「と言うか、今更参上もないですよ…」
薄汚れた雑巾は、極太眉を吊り上げると、銀時目掛けて匍匐前進を開始する。ジリジリと迫る様は、○子とはまた違った恐怖を駆り立てられる。
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