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□近い体温、遠い存在
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まるで待てと言われている犬の様で自然と頬が緩む。
ようやく下着から取り出すと潤んだ瞳で海堂が見詰めている。


「ヤラシー顔。そんなにして欲しかったの?」


はっとした様に惚けた顔を左右に振って否定する。
今更否定しても意味がないというのに。
蕾に軽く宛がうと、力が入っていない腕に肩口を押される。
惨めになるからやめろ、と消え入りそうな声を出した。


「こんな、の、は嫌だ…」
「…何それ?意味わかんない」


何か言おうと口を開いた海堂の蕾に無理矢理捩じ込み、散らした。
突然のことに短い悲鳴じみた声をあげたが、腰を揺すると徐々に甲高い嬌声に変わる。
けれど閉ざされた瞳が越前を否定していた。


「…、折角目の前に本人がいるのに」


想像の中の自分に何とも言えない気持ちが芽生える。
苛立ち、焦躁、不安。
けれど一番ぴたりとくる感情は、嫉妬だった。


「え、…ちぜん」


そこに目の前の自分は居ない。
海堂が思い描く『越前』は自分だと言うのに。


「ねぇ、目あけなよ」
「いや、だ」


身体を繋げてとても近くに感じるはずの存在。
それが酷く遠い。


唯一近いふたりの想い。


(自分を愛してくれるなら、好きだ、と言えるのに)


重なる体温と想いに反比例して、存在だけが遠くなる。
臆病なふたりの恋は擦れ違ったまま、進む。


END
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