テキスト

□捕えられたのは、2
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捕えられたのは、の続きです※


越前が好きだった。否、現在進行で好きだ。
どこにいても知らず知らずに目で追って、離せない。
テニスをしている越前をみると、血が沸騰しそうになる。頭に、眼球に、鮮烈に焼き付いて離れない。ただ、負けた相手に対する執着だと言い聞かせた。
それから、越前を形作るすべてを観察するようになった。丸い形の良い頭も、汗が伝う髪も、ツンとした鼻先から顎のラインも、陶器人形のような細い首も、まだ成長しきらない艶かしい背中も、ラケットを握る左手の甲に浮き出た血管も、そして、訝しげにこちらを見てくるガラス細工のような瞳も、どうしようもなく海堂を魅了していった。
好きだと認めると同時に、この不毛な気持ちを越前に伝えることはしないと決めた。
男に告白されても気持ち悪いだろう、越前のためだ、と託けていたが、今思えば自分が傷付きたくないだけだった。諦める気なんて更々なかったくせに。


あれから一週間。越前が触れてきた唇を触る。指を入れられ、掻き回され、気持ちを暴かれ、踏み躙られた。
その翌日は恐ろしいまでに今まで通りで、もしかしたらあれは夢だったのではないかと都合のいい考えにさえ至った。

部活終わりに煩悩を振り切るように自主練習をして、気づけば日がとっぷりと落ちていた。
水飲み場で頭から水を被り、タオルで髪を雑に拭いて、火照る唇もこすった。
からかわれただけだったのに、ひとり意識して馬鹿のようだ。
長い独特のため息をついて、誰もいない部室に入る。

いないはずだったのに。

そこには足を組んでベンチに座る越前がいた。

「ちーっす、ずいぶんと練習してたんスね」

楽しそうにニヤニヤと笑う越前に対して、どう反応すべきか一瞬悩んだが、唇を引き結んで無視することにした。
その反応も想定内だったのか、表情はそのままだ。まるで猫が獲物をどういたぶってやろうかと算段しているかのような。

「ふーん、無視するんだ。」


オレのこと好きなくせに。


言われるや否や頭に血が登って胸ぐらを掴み上げた。
透き通る越前の瞳には、しまった、という自分の表情が映っている。

「やーっとこっちみた。」

慌てて越前を突き飛ばし、背中をむけた。はやく着替えて帰ってしまおう、これ以上からかわれてはこちらの身が持たない。
気持ちを暴かれたあげく踏み躙られて傷つかないわけがない。

「好きな相手の前で堂々と着替えるなんて、ずいぶん大胆スね」

つ、と指先で軽く無防備な背中を撫でられて、咄嗟におかしな声を出さなかった自分を海堂は褒めてやりたかった。
振り返って突き飛ばそうと試みたが、越前が海堂の背中に手をつきさらに耳まで当ててきて、心音が跳ね上がりそれどころではなくなってしまった。

「すごいドクドクしてるっスね」
「っ触んな、くそ、やめろ!」
「嬉しいくせに」

越前が喋る度に髪が背中をくすぐるうえに、声が直に響いて、ひたすら心臓に悪い。
からかうのも大概にしろ、という思いと、はやくこの罰ゲームのような状態から解放されたくて、言い逃れできる言葉を必死に模索した。

「いいからさっさと離れろ!だ、だいたい、てめえなんか好きじゃねえんだよ!」
「うそばっか。耳真っ赤じゃん」

苦し紛れのバレバレな嘘はやはり通じなかった。
どうしたらいいのか、オーバーヒート寸前の頭では妙案など思いつきもしない。

「…でも、ちょっとむかつく」
「あ?なんっ…」

越前の険のある言葉の意味を汲みかねて聞き返そうとしたが、背中に走る軽い痛みに言葉が詰まった。

がり、と肩甲骨に越前のつるりとした歯が立てられている。

「な、なにしてんだ、越ぜ、っいてえ!」

越前、と言い切るより先に殊更力を込められた。
背中越しに少しばかり満足したような越前の吐息がかかる。

「っふ、歯型、きれーについた」
「意味わかんねえ、なんなんだ!」
「さあ?」

自分が付けた痕が気に入ったのか、そこに軽く口付けをし、舐め上げた。
ぞわりとした感触に足から力がぬけてしゃがみ込んでしまった。

「ひ、な、なにしてんだクソ!」
「背中弱いんスか?」

しゃがみ込む海堂に覆いかぶさって、更に追い打ちをかけるように、浮き出た背骨を下から上へ唇でなぞり、辿り着いたうなじにも強めに噛みついた。
ぎり、と越前の歯が食い込んで、恐怖による支配か、支配される快楽によるのか、海堂はただじっとそれを享受するしかできなかった。

「あーあ、これじゃしばらく人前で着替えられないっスね」
「な、」

言い返す前に肩を甘く噛まれ、再度身構えた。その反応に薄く笑った越前は、歯を食い込ませるのを止め、背中全体に軽い口付けを繰り返す。
ちゅ、ちゅ、というリップ音が海堂の羞恥を煽り、もはやされるがままだった。

「あ、ほくろ」
「ひぅ、や、めろ」

おそらくほくろが有るであろう場所に、越前が吸い付き甘噛みをしてきた。ビクンと身体が跳ねて、情けない声が出る。
悔しさと恥ずかしさでうっすらと視界が滲んでくる。
いつまでこんな仕打ちを受けていなければならないのか、力の入らない身体が恨めしい。
こんな平気で人の気持ちを踏み躙りからかう奴をどうして好きなのか考えようとしても、甘く痺れる痛みに思考が途切れてすべてが曖昧になっていってしまう。

「何考えてるんスか」
「っあ、」

一際強く再度うなじを噛まれ、鼻にかかった媚びた声をあげてしまった。
慌てて口を塞いだが、何もかも遅い。越前も少し驚いた様だったが、すぐにからかう口調で「ヘンタイ」と耳元で囁いてきた。

「ほら、こっち」

優しくあやす様に身体ごと越前に向けるように促され、早く解放されたい一心で従った。
越前は素直に従う海堂に満足げに微笑み、おもむろに立ち上がる。

これ以上醜態を晒してしまう前に終わらせてほしい。
じわりと滲む涙を堪えて越前を睨みあげた。

「やらしー顔。ねえ、海堂先輩」

こんなにして、恥ずかしくないの?
と言われ、昂ぶった熱をゆるく踏まれた。
羞恥で全身が熱い。あんな仕打ちを受けてしっかり反応してしまう自分が浅ましくて海堂は唇を噛み締めた。

その様子を喉の奥で笑った越前は、靴底で形に沿いながら撫でさすった。
直接的な刺激に大袈裟なまでに跳ねて、噛み締めた唇からはくぐもった喘ぎが漏れる。

「こんなのでも気持ちいいんだ。ふーん」

越前は上機嫌で足を退かし、しゃがみ込み目を合わせてくる。
今自分は次に越前が何をするのか、不安を装いつつどこかで期待してしまっている。
越前に見つめられれば、じくじくと噛まれた背中が熱を持って疼く。噛み締めた唇も、越前が指を滑らせればだらしなく開き、勝手に期待をして火照りだす。
どこまでも卑しい自分に更に視界が滲む。そこで捉えた越前は、歪んだ笑顔で嬉しそうに言った。

「そうやって、オレのことだけ考えてなよ」

まるで呪詛のような言葉に、海堂はうっすらと頷くしかできなかった。

END

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