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□たんじょうび
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「たんじょうび」

その呆然としたつぶやきは、「おめでとう」ともみくちゃにされる海堂を祝う喧騒で消え去った。


珍しく遅刻せず朝練に参加し、眠たい目をこすりながら部室に入ればこれだ。
早起きは三文の徳とはいったい。
むっと唇を尖らせ、話題の中心にいる人物を避けて、ロッカーに雑にバッグをしまう。


「お、越前珍しいな」
「…っス」


その場から桃城が明るい声で「マムシの野郎が誕生日でさー」と状況を説明してくれた。


「ふーん」
「ふーん、てお前なー」

だってそんなの知らない。教えてもらってない。
最近よくちょっかいをかけたりして、わりと気に入ってる先輩。海堂の誕生日だなんて知らない。
初対面のときよりかは関係性も軟化して、話しかけたら返してくれるし、近頃は世間話くらいは出来るようになっていたのに。


(教えてくれてもいいじゃん)


ガットを整えるフリをして、海堂をちらりと見る。
先輩達に囲まれて祝われている姿は、照れ臭そうで見たことのない表情だった。
ギリギリとガットを掴む指に力が入る。
こちらを見向きもしない海堂になんだかもやもやとした気持ちになってしまう。こんなのらしくない。
ようやくかかる集合の声に安堵した。


柔軟の組み分けも少しの空き時間ですら今日の海堂の周りには人がいて話しかけられずにいた。
誰がいたって混ざればいいだけのことなのに、それをしたくなかった。


(別に、いーけど)


晴れない気持ちで、足元の小石を蹴った。


朝練が終わり、昼休みが終わり、とうとう声をかけられないまま部活も終わってしまった。
これを逃したらと思うと、調子が出ない。いつもどうやって声をかけていただろうか。

ガヤガヤとした部室ではいまだに本日の主役と言わんばかりに海堂を中心として輪が出来ている。
桃城はビックリ箱を渡して怒られていたり、不二は猫の写真をアルバムにしていてすごく感謝されていたり、乾は秘伝のレシピを渡して苦い顔をされていた。他にもたくさんプレゼントをもらって照れ臭そうにしている。
そんなの、知らない。きいてない。
落ち着かない気持ちで、着替えもそぞろになる。


「今日はありがとうございました。…これから自主練するんで、お疲れ様でした」
「えーっ!今日くらい一緒に帰ろうよ!」


菊丸が海堂の腕を引っ張りブンブンと振り回しているが、大石に宥められた。それでも、気持ちは同じなのか早く帰れよと優しく諭している。
ほっとした様子で頭を下げ、海堂は部室を出て行った。
すぐに部室内は日常に戻り、それぞれ帰路へとついていく。

日常に戻れないのは、取り残された越前だけ。


何も用意なんて出来ていないまま一日が終わってしまう。
バッグにしまっていないラケットを見つめて、はたと気づいた。
越前があげられて、海堂が喜ぶもの。
中途半端に着替えた制服を脱ぎ、もう一度ジャージへ袖を通す。


部室を出て、グラウンドで走り込みをしている海堂の横について「ねえ」と声をかける。
少し驚いた様子だったが、すぐに前を向き何事もなかったかのように平然と走り続けている。


「誕生日、なんスね」
「ああ」
「ただ走るより、もっといいこと、しません?」


ようやく立ち止まった海堂は、訝しげにこちらを睨め付けている。
今日はじめて目が合ったことに、先程までの不貞腐れた気持ちがなくなって、充足感で満たされていく。


「オレからのプレゼント、受け取ってくれます?」


テニスコートを指差すと、海堂は胡乱な瞳を途端にギラギラとさせ唇を釣り上げて笑った。


「…悪くねえな」
「そりゃどーも」


エスコート、と言って差し出した手は呆気なく叩かれたが、越前はこの上なく機嫌が良かった。
帽子を被り直し、「誕生日だからって、負けないっスけど」と生意気に言えば海堂も嬉しそうに「望むところだ」と返してきた。

end

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