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□頂き物
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春も終わりに近づき、近所の樹木に青い葉が茂り始めた頃。そんな時期に約一人だけ、春に滞っているやつがいた。


「ねぇ、いいじゃん。減るもんじゃないんだし」
「駄目だ。俺の貴重なトレーニング時間を、お前の浮かれた春気分に付き合うつもりはねぇ」
「ちぇ、海堂先輩って結構ケチだよね。花見くらいいいじゃん。花粉症なの?」

そう、こいつ。越前リョーマ。さっきからずっと、何回もこの会話の繰り返し。もうこんな時期だというのに、花見をしに行こうという。山を見れば一目瞭然だが、花見ができる桜の木なんてのはもう一本も残ってはいない。公園や学校の木もみんな夏に向かって葉を青く色づかせているというのに、こいつは一人だけ春から抜け出そうとはしない。今日は久しぶりの休日だから平日の倍はトレーニングをする予定だったが、突然の訪問者によって予定を崩された。


「ねーえー。花見しに行こうよ、海堂せんぱーい」
「だから行かねぇって言ってんだろ!もう花見ができる桜なんてのは」
「!それなら、山にトレーニングしに行こうよ」
「…は?」

突然の相手の提案に俺は驚いた。今までしつこく繰り返してきた言葉をあっけなく放り投げ、出てきたのは全く別の言葉で。だが俺にとっては予定を取り戻せて好都合だった。もちろん、断る理由もなく。


「それなら…別に構わねぇ。もともと予定してたことだからな」
「決まりっスね!んじゃ俺準備してから行くんで、先に山の入り口の階段とこに行っててください」
「あ?準備ってお前、何もいらないだろ」
「ジャージに着替えてくるっス」
「…わかった。なら、先に行ってるぞ」

先程のしつこい会話の繰り返しから話がずれ、妙に上手い具合にまとめられている気がした。


「…ったく」

そんなこんなで俺は、今日の予定用に着ていたジャージを脱ぎ捨て、いつもとは違う珍しくも私服などに着替えてしまったのだ。



そして


「海堂…先輩、なんで」
「ふん、お前の考えなんてのはお見通しなんだよ。ジャージに着替えてくるとか何とか言って、花見の準備に出た事くらい」

そう、わかっていた。上手い具合にまとめられていたのも、最初から。手に持っているコンビニのビニール袋には、お菓子と越前の好きな缶ジュースが2本。俺はというと手ぶらもしゃくなので、二人で十分に座れるブルーシートを持ってきていた。


「へぇ。さすがっスね、先輩」
「べ、別にお前のためとかじゃないからな。さっさと終わらして俺はトレーニングに行く」
「相変わらず素直じゃないんだから。そんじゃ、こっちっス」
「それはてめぇも同じだろ!って…どこに行く」
「こっちっス」

相変わらずなのはそっちの方だろ、と言おうと思ったやさき、有無も言わせないような足取りで山中に入っていく。そんな様子の相手に呆れてため息をはきながらも、俺は仕方なく後ろをついて歩いて行く。周りを見れば当たり前のように木は青々としていた。さすがは山の木だ。公園や学校よりももう、夏の完成にも似た図だった。なのに目の前に背を向けて歩く相手は、中々歩くのを止めようとはしない。もう、山中に入ってから30分以上は経っていた。もちろん桜は一本もなく、やはり到底花見なんてのは季節はずれで出来る訳がなかった。


「おい、越前。だから言っただろ。もう花見のできる桜は…」
「先輩、もう着くっスよ」
「?着くってどこに」
「……はい、到着」


(…)

「ね、だから言ったじゃん。さ、早く花見しようよ」


(…なんだ、ここは…)


青々と茂る林の中に、丸枠に光の差す場所。白を中心に、様々な小花が咲くそこに、一本だけ咲き残っている桜の木。夏を迎える気配のないそこは、まさに春爛漫の最中だった。こんな場所があったなんて…よくランニングをしにこの山には来るが、こんな場所があったのは初めて知った。


「越前、どこでこんな場所…」
「カルピンが迷子になって探しに来た時に見つけたんス。桜の木、本当にあったでしょ」
「あるなら最初からそう言え」
「サプライズってやつっスよ。それじゃ先輩のシート、ここに敷くよ」

自信気なその表情に、もちろん俺は負けを認めた。あそこまで行きたいと言っていた理由が、今になってわかった。そして桜の木の下にちょうどできていた影にブルーシートを敷き、俺達は花見を始めた。


「この桜、綺麗っスよね。俺が初めて来た時は、まだ実ってなくて。周りの木が色づいて咲き散っていた頃に、こいつの蕾が開いたんス。一人ぼっちで可哀想だなって、思って」
「ああ、この時期に見れるなんてな…綺麗な桜だ。確かにな」

周りの木との距離、遅れた開花。種の落ち所が悪かったのか、それとも周りを伐採されてしまったのか。それでも一本だけで咲き誇っている桜の木は、見事な綺麗さを放っていた。


「お菓子、もっと買ってくれば良かったっスね」
「ちょうどいいだろ。俺はあまり菓子類は食わねぇよ」
「そうだと思った。それじゃ、よっと」
「な!てめ、何して」
「何って…膝枕」

飲み食いしていたお菓子や缶ジュースもお互い終わり、春の心地を感じさせる風に当たりながら、桜を眺め残りの余韻に浸ろうとしていると、急に相手が自身の膝の上へと寝そべってきた。しかも何食わぬ顔で。


「そんなのは見りゃわかる。そろそろ帰る準備すんだから、どけ」
「やだ。もうちょっといる」
「なら膝枕じゃなくたっていいだろ」
「よくない。先輩の膝枕がいい」
「なっ!!」

よくもまあぬけぬけと言えたもんだと思う。相手に流されてしまうのは毎度のことで、それを自覚しながらも断れない自分に呆れてしまう。


「ったく、5分だけだからな」
「今日の海堂先輩、やけに優しいっスね」
「嫌なら立ち上がるぞ」
「ちょ、そんな事言ってないっスよ!」

そんなこんなでそこからはお互い、他愛も無い話で盛り上がった。こいつとこんなにもゆったりとした時間を過ごしたのは、久しぶりかもしれない。だが5分というのは本当にあっという間で。自身にも名残惜しさはあるが時間も時間だった為、そろそろと相手を促した。


「おい、越前。もう5分経ったぞ」
「え、もう…?それじゃ、最後に」
「あ?何だよ最後にって……」




(…)


一瞬、時間が止まったように感じた。風に吹かれるままに散る桜の花びらの中を、静止しているかのように。俺だけじゃなく、俺と越前の二人が。『最後に』の言葉に気をとられた時にはもう、遅かった。膝に頭を置いたままの相手に視線を向けた時には、下から伸ばされた両手に顔を掴まれ、引き寄せられた時には互いの唇が触れていた。お互いの顔が逆向きになっているせいか、相手の顎先がつんと鼻に当たって不思議な感じがした。だが、いつまでも事の流れに静止している訳でもなく。相手の唇と引き寄せられていた両腕に解放された瞬間、事の状況が一気に俺の中に流れてきたのを感じ取った。


「な!?て、てめ何しやがる!!」
「っ!ちょ、いきなり立ち上がらないでくださいよ」
「てめぇがいきなり変な事したからだろ!」
「だってこうでもしないと先輩、俺とキスしてくれないじゃん」
「!?…か、帰るぞ!」
「ちょ、ちょっと待って…先輩!海堂先輩!」

一気に溢れ出した羞恥心に平然さを保とうと、わざと相手に背を向けて歩き出した。もちろん急いで片づけをする相手をあまり急かさないように、ゆっくりと。まさかの事態に顔の熱りは治まらない。むしろ思い出しただけで、顔の熱りは逆戻りする一方で。ぐるぐる色々考えていると、もう既に相手が背後にいたことにも気づかなかった。


「…輩。海堂先輩!」
「!?な、なんだ、もう終わったのか」
「ずっと名前呼んでましたけど。さっきの、怒ってんスか?」
「別に、怒ってねぇよ」
「じゃあ照れてるんスね」
「それも違う!!」

そこからというもの、両者共に黙ったまま。あまりに心地よい時間を過ごせたものだから、先程とは違う林に包まれた暗い山道も、穏やかな気分で歩けた。背後をついてくる相手をちらっと見ると、段々小さくなる先程の桜の木を見つめ歩いていた。名残惜しいのだろう。もちろんできることなら、今度の休みの日にでも来てまた心地よい気分に浸りたいものだが、きっともう明後日には桜の花びらも散って、夏の準備へと入るだろう。桜の木だって、いつまでも同じ形でそこにある訳ではない。もちろん、俺達だって。


「ねぇ、海堂先輩」
「あ?どうした、越前」
「来年はさ、もっと早くに来ようよ。もっと沢山、桜が咲いている時に」

急に足音が聞こえなくなると自身の名前を呼ばれる。ほんの数メートルの相手との距離は、今ある俺達の距離。


「…断る」
「え?」

こんなこと言うはずじゃなかった。もっとちゃんとした、桜の咲いている時期に来たかったのは確かなはずなのに。この時の俺には、もうそんな考えは頭のどこにも残っていなかったんだ。


「そんなことしたら、あの桜はまだ咲いてねぇじゃねーか」
「そうっスけど、海堂先輩は…」
「俺はまた、あの場所で桜を見たい。今日の日に」
「…先輩!」

時期も形も関係ない。その時その時が新しく、そうでなくても心地よいのなら。


「海堂先輩、好きっス」
「ば、だから別にてめぇの為とかじゃ」
「来年はあんな事しないから、普通にキスさせてくださいよね」
「な!?てめ、だ、だからそういうことをぬけぬけと」
「約束、っスから」

慣れない時間を慣らしていくのも、新しい季節の幕開けで。いつのまにか並んで歩いていた俺達の距離は、新しい距離でもあった。



そして次の日


「不二先輩、話ってなんですか」

花見の日から一日が経った今日、部活前に部室に呼び出された俺は、呼び出した本人の前に来ていた。


「やぁ、海堂。来てくれてありがとう。別に大した事じゃないんだけどね」
「はぁ」
「実は、これなんだけど…」

目の前の相手に差し出されたのは、一枚の写真。なぜかあえて裏返しにして出された写真に、疑問を覚え相手の顔をちらりと盗み見ると受け取ってくれとでもいうように、ずいと出され手に取った。


「大丈夫。それ、一枚しか焼いてないから。あとは俺の趣味として保存させてもらうよ。他の人には見せないから安心して。それじゃ、先に部活行ってるよ」
「え、不二先輩!用って」

ガチャッ

呼びかけたときにはもう、既にドアを閉める音と一緒に姿を消していた。裏返しに渡された写真を、何気なく表にしてみて、そこでようやくわかった。


「!?」

写真に写っていたのは、昨日の写真。しかも、越前とキスをした瞬間だった。さすがは不二先輩、なんて思うのは二の次三の次で。クスクスと笑い、妙な言葉で説明してきた相手の意図がやっと分かると、恥ずかしさに一気に顔を赤面し、バッと写真を鞄にしまいこんだ。


(キス予防と不二先輩予防に、来年はマスクでもしていくか……)



もう来年も見に行く事は確定している。そう、また季節の変わり目に、季節外れの桜を見に。そして、新しい自分達に会いに…






(桜の時)


「Lovable!」の管理人様、乃那様より頂きました、ほのぼのリョ海です!
可愛すぎて、真顔になったのち、真っ赤な顔で床をローリングしたくなりますね…!
本当に素敵な小説、ありがとうございました!

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