テキスト
□プロフ帳
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休み時間、きゃあきゃあと甲高い声が教室中に響いている。
特に興味もなかったが、チラリと見れば、女生徒達の手にはカラフルな手帳。そして飛び交うこれもまたカラフルな紙。
こちらを窺うような視線を感じ、越前は面倒なことになりそうだと机に顔を伏せた。
それでもお構いなしに、それでいてもじもじと恥じらいながら女生徒達の数名が寄ってきた。
「リョーマくん、これ、書いてほしいの」
気だるげに身体を起こすと、目がチカチカするようなピンクを基調とした紙を押し付けられた。
「なに、コレ…」
「プロフ帳!いつでもいいから!待ってるね!」
きゃー!とパタパタ走り去る女生徒達を訝しげに見送り、改めて紙に目を落とした。
プロフ帳。プロフィール等集めてどうするのだろうか。
「名前、誕生日、住所、…身長」
ぐしゃぐしゃに丸めたい気持ちを抑え、さすがに空欄ばかりでは返し辛く、適当に埋めていく。
「…すきなひと」
じつは…すきなひとが(いる・いない)
何という質問だろうか。
越前は一度は鉛筆を止めたが、(いない)に丸をつけた。
いない。いないはずだ。
(すきな…)
少し考え、いつもからかっている先輩が脳裏に浮かんだ。
そして消しゴムで消し、書き直した。
「はい」
すぐに書いてくるとは思っていなかったのか、女生徒達は目を大きくしてポカンとしている。
「…いらないの?」
すぐに色めき立つ女生徒達を遮り、「これ1枚もらえる?」と頼んだ。
何枚でも、と言われたが断り、そのカラフルな紙を1枚手にし、越前は2年の教室に向かった。
越前が出て行った教室では、そのプロフィールを手にした女生徒を中心に集まっていた。
「え、これ…どういう意味!?」
騒然とする教室内などどこ吹く風で、越前は2年の教室のドアを無遠慮に開けた。
1年の来訪者に驚いた視線が集まるが、平然と近くにいた男子生徒に話しかけた。
「海堂先輩、いるっスか」
脳裏に浮かんだ、「いつもからかっている先輩」である。
憮然とした態度の1年に、舌打ちをしてこちらを睨んでいる海堂を呼べと頼まれてしまった哀れな男子生徒は、半泣きで海堂に呼びかけた。
「…聞こえてんだよ、何の用だ」
険悪な雰囲気に、そそくさと立ち去る男子生徒と、そっと様子を見守る教室内。
「これ書いてよ」
「あぁ?」
「プロフ帳。」
「…はあ?」
恐らく教室中の生徒全てが心の中で同じ反応をしていた。
気を削がれた海堂は軽くため息をついて、そのチカチカとする紙ごと越前を睨めつけた。
「そんなことで2年の教室に来て呼ぶな」
「いいじゃないっスか、減るもんじゃないし」
「俺の休み時間が削られるだろうが」
「ケチ」
「ってめえ」
カッとなって言い返そうとする海堂に無理やり紙を押し付けて「今日中に提出っスよ」と言い残し、逃げた。
「…はあ!?」
律儀な海堂はきっときちんと書いて部活前に渡してくるだろう、そしてあのファンシーな紙に向かう海堂を思って越前の口元が緩む。
機嫌良く戻った越前を待っていたのは何か言いたげな女生徒達の視線だったが、素知らぬ顔で部活まで寝て過ごそうと机に突っ伏した。
放課後、待ちに待った部活。
委員会で遅れた越前がひとり部室で着替えていると、そっとドアが開いた。周りに部員がいないことを確認しながら海堂が羞恥と怒りで顔を赤くしながら越前に詰め寄った。
「手前、こんなものよこしてどういうつもりだ!」
「やっぱりちゃんと書いてきたんスね、どーも」
わなわなと震える手から紙を奪い取って、目を通す。
そして、越前の目が止まる。
「…ねえ、ここ」
「なんだよ」
ニヤニヤと笑う越前が、「すきなひと」の項目を指差す。
海堂はボールペンで書いていたようで、修正がきかなかったのだろう。途中まで「いる」に丸をつけかけて、思い切り黒く塗りつぶし、「いない」に大きく丸をつけていたのだった。
「いるんスね」
「ど、どこ見てんだ、いないに丸ついてんだろ!」
「途中までいるについてるっス」
「間違えたんだよ!」
返せ!と躍起になる海堂と、機嫌良くそれを躱す越前の攻防。
やはり全力でかかってくる海堂をからかうのは楽しい。
しかしついに海堂に捕らえられ、壁際に追い込まれてしまった。
「くそ、さっさと返せ」
「さっきオレもその項目迷ってたんスよ」
「は、はあ?」
「だから、よくわからなくて。好きとか。いる・いないの真ん中に丸つけたんス」
突然の切り返しに困惑する海堂を見上げ、目を細め蠱惑的に微笑んだ。
海堂は目を逸らし、唇を尖らせて赤い顔で「そ、そうなのか」と口ごもった。
「…でも、書き直したほうがよさそうっスね」
あんたもオレも。
目一杯背伸びをして唇を海堂の顎先につけた。
海堂はより一層顔を真っ赤に染め、動転のあまり後ろに反り返り尻餅をついてしまっていた。
「やっぱり届かないっスね。ざんねん」
「お、おまえ!何しやがる!」
「だって好きでしょ、海堂先輩、オレのこと」
「そ、そ、そんなわけ」
「オレも先輩のこと好きみたいだし」
さっき確信したっス、と告げれば、衝撃の連続にいよいよ海堂は言葉を失くしていた。
「からかいがいあって可愛い、っていうか、まあ、そんな感じなんで、よろしく」
「いや、は…?」
「はやく部活戻らないと走らされるっスよー」
ドアを開けてあっけらかんと待っていれば、よくやく我に帰ったらしい海堂は叫びながら勢いよく飛び出して行ってしまい、部長に「何を騒いでいる」と罰走を命じられていた。
「ほんと、面白いひと」
end