テキスト

□テスト後恋人未満
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解放の、祝福の音が鳴り響く。


答案用紙が後ろから回され、緊張の面持ちで教師に渡るのを見守る。
そしてかかる起立の声。
着席、の号令と共に一斉に騒ぎ出した教室内。
ガタガタと椅子を鳴らし勢いよく立ち上がり友達の元へと向かう者、項垂れて頭を抱える者、いそいそとほぼ守られていない校則違反の携帯を取り出して連絡を取る者、真面目に教科書を取り出し答えを確認する者、様々だった。
中学生になってはじめてのテスト、その重苦しく避けられない苦行を乗り越えた瞬間であった。

越前はどれにも属さず、あくびをしながら窓の外へと視線を向けた。
ようやく気兼ねせずテニスが出来る。
テスト前は一応学校側で部活動停止とはなっているが、大会を控えた部は別だ。それでも普段より部活時間は短いし、何よりテスト勉強をせねばならないという重圧が億劫でならない。越前はそれ程気にしていなかったが、赤点なら補習、再テストなどと宣うのでやらざるを得なかった。

12時を過ぎてホームルームも終わり、皆軽い足取りで教室を出て行く。
越前はと言うと、折角のテニス日和なのに図書委員の仕事が入っていていつもより目つきが鋭くなっていた。

「意味わかんない…」

天気も良く、絶好のテニス日和だった。部活は自主参加だったが、レギュラーはほぼ全員集まっているはずだ。
やる気をなくしズルズルと歩いていれば、後ろから這うような低い声がかかる。

「シャンと歩け、邪魔だ」

振り向けば、ギロリとこちらを睨んでいる海堂であった。

「…ども」


実は越前はこの海堂とだいぶ気まずい仲になっていた。
部活の休憩中、珍しく海堂が木陰で眠っていた際に、越前は何を思ったかバンダナ越しに頭にキスをしてしまった。
越前の言い分としては、野生動物が腹を出して寝ていたら触るだろうというものだが、当の本人もかなり混乱していた。
何よりまずかったのは、正気に戻った越前が身体を離すとばっちり驚愕に見開いた海堂と目が合ってしまったことだ。
極めつけにとっさに出た言葉が

「…つ、付き合う?」

だったのだから、どうしようもない。
殴られるかな、とどこか冷静に身構えていれば、返ってきた言葉が

「お、おう…?」

だった。
もはやお互いに正常な判断が出来なかった。
好きかどうかで言えば好ましいが、それが恋愛感情かと言われればどこまでも疑問符がつきまとう。
引くに引けず『男に二言はない』と意地になって付き合っているらしい二人は、どこまでも気まずかった。



「…今日は部活行かねえのか」

視線を外しながら海堂に尋ねられ、そう言えばここは図書室に向かう方向で部室からは離れている。
もしかしたらわざわざ迎えに来てくれたのかもしれない。
少しくすぐったい気持ちだ。

「図書委員なんス、今日」
「…なら、俺も行く」

いよいよ越前は驚いた。何より部活とテニスを優先する海堂がまさかの。
目を丸くしていると、「借りたい本があるんだよ」と早歩きで行ってしまった。
そう言えば、日本文学が好きだとか付き合いはじめて聞いた気がする。
迎えに来てくれたわけでも、一緒にいたいわけでもないらしい。安心したような、どこか残念なような複雑な気持ちで後を追った。


図書室へ行けばすでにもう一人委員が来ており、軽く会釈をしてカウンターに入った。
当たり前だが、シンとしている。というより、自分達と海堂以外人がいない。これなら相手に任せて部活に行きたい。そう思って口を開こうとしたら、準備室から司書が出てきて、図書だよりを作るのに人出が足りないからと越前よりも手先の器用そうな相手を連れて行ってしまった。

仕方なくカウンターに腰を据えるが特にやることもなく、立ち上がって海堂の元へ向かった。
見るからに枕向きの本がずらりと並ぶコーナーにいる海堂に辟易した。これを読む気が知れない。
そんな越前をチラリと見た海堂は、仕事しろとすぐに視線を逸らした。

不人気なのか、ここは隅に追いやられあまり日の当たらない場所だった。昼なのに薄暗く、そこに立つ制服姿の海堂は妙に生々しい。
つ、と裾を引っ張り見上げると、意図を掴んだ海堂が耳まで赤くして動揺している。
屈んで顔を近づける海堂の唇は震えていた。

ちょん、と時間にして一秒くっついたかどうかのキスとも呼べないような子供じみた触れ合いでも、お互い顔は真っ赤で、笑ってしまいそうで唇がへにょへにょして力が入らない。
意地で付き合ってここまでするなんて、負けず嫌いというかなんというか。
気まずい空気に耐えられず「暑いっスね」と言ったら微妙な顔をされた。そして、越前が海堂とはじめて試合したときに放った煽り文句を思い出しているのだと悟った。

「…っクソ」

ガシッと後頭部を掴まれ、唇を奪われた。
ちゅ、ちゅう、と何度も交わされるが、やはり子供っぽい。うまくいかなくて若干涙目になっている海堂にぞくりと悪戯心が湧いた。
艶かしく腕を首に回して、海堂の下唇を軽く食む。ビクリと固まる海堂に薄く笑って啄ばむように唇を吸って、いよいよ惚けた唇に舌を割り込ませた。
越前としては、『リビングで家族で見たら気まずくなるドラマのキスシーン』のようなイメージで、とにかくいやらしく水音とくぐもった喘ぎを図書室内に響かせる。
仰け反る海堂が後ろの棚にぶつかりそうになり、頭を殊更引き寄せて「逃げんの?」と笑った。
楽しくなって上顎をなぞったところで、ぼろりと海堂の瞳から涙が零れ、越前はしまったとようやく我に返った。

唇を離せばお互いの唇から唾液が伝って、さらに気まずい。

唇を抑えて息を整える海堂に「いや、あの、付き合ってますし…」と言えば勢いよく睨まれた。

「…その通りだな、この野郎っ…」

全く納得していないギラギラとした海堂の瞳に、心臓がドクドクとした。

(…もしかして、オレ)


海堂先輩のこと、好きなのかも…?


今更すぎる自覚だった。
引くに引けない意地の張り合いのゲームだと思っていたのに、これはまずいルートに入ってしまったなと、先ほどまで解放と祝福の音だと歓迎していたチャイムがゲームオーバーの音に聴こえて、白旗をあげた。

end

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