テキスト

□ペディキュア
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窓から差し込む夕日で赤く染まる部屋で、遠くで子供たちが笑いながら駆けている音や豆腐売りのラッパの音が聞こえる。

夏の、土曜の、夕暮れ。

テレビも冷房もつけない、まるで二人の世界だ。開け放した窓からは、あたたかい風が気まぐれにそよぐだけだった。
ぽたりと汗が垂れて短く息を吐くと、つま先に薄く笑う吐息がかかる。


越前のベッドに腰掛けて、足を投げ出して、当の越前は海堂の踵を持って跪き、恭しく一本一本丁寧にペディキュアを塗っている。
異常な光景に、目眩がする。

発端なんて些細なことで、越前の従姉妹が使い切れずに余ったネイルの処分に困っていたから貰った、らしい。
らしい、というのも、いくら処分に困っているからと言っても男に渡すだろうか。
それも、新品同然のものを。


「なに考えてんの」


乾いた指先に越前の唇が触れる。
真っ赤なペディキュアに、ぬるりと舌が這う。
背徳的な光景に背筋を震わせて睨みつけるが、楽しげに目を細められただけだった。
それ以上見ていられなくなり、舌打ちをして目を瞑り、どうにでもしてくれと言わんばかりに好きにさせた。
爪をなぞるように這うこれが、果たして越前の舌なのか、ネイルラッカーの筆なのか、それすら曖昧になっていく。


こんな倒錯した行為をはじめてから、まず海堂は靴下を履くことを余儀なくされた。着替えのときに見られでもしたらたまったものではない。
それから、視界にこの赤が入る度に越前を思い浮かべるようになり、いよいよ末期だと溜め息を吐いた。
そもそもこんな悪ふざけを許してしまった時点で、だいぶ越前に傾倒していたのかもしれない。


じゅぷ、という水音が耳に届いて目を開ける。指の間をくすぐるように舐めて、親指を口に含んだ音だ。眉を顰めるが、越前は嬉しそうに形の良い唇を窄めてしゃぶっている。
越前の唇からぬらぬらと光った赤が出入りする様は、只々淫靡だ。
赤く色付いた左右10本の指を散々舐り、焦らすように舌が上へと這って、いよいよジクジクと熱を持った場所まで上がってくる。


「ペディキュア塗って、舐めただけで、こんなにしてんの?」

ヘンタイ、と声には出さずに濡れそぼった唇だけが動く。
欲に塗れた瞳が、まっすぐに海堂だけに向けられている。
汗が滴って呼吸が短く浅くなるのは、暑さのせいだけではない。
汗ばんで張り付いたハーフパンツに手を掛けられ、素直に腰をあげた。
汗を吸って重くなったそれは思い通りに脱げず、引っかかる。丸まって片足に絡まったまま、ギシ、とベッドを軋ませて越前が乗り上げてくる。
下着は汗だけではない色濃い染みが滲んで、羞恥を煽った。どうせならいっそのこと下着まで脱がせればいいものを、と投げやりに思った。
そこに鼻を近づけられ匂いを嗅がれると、反射的に越前の肩に足をかけて蹴り飛ばしたくなるが、視界に映る赤が戸惑わせる。
それがわかっているように、越前は海堂の足を肩に担いで、仕切り直しと言わんばかりに海堂の熱に鼻と唇を寄せて軽く食んだ。
それだけの刺激でも、散々焦らされた海堂には過ぎた快楽でピンと張るつま先で越前の背中を誤魔化すように叩いた。


「てめえのほうが変態じゃねえか…」
「こんなにしてる人に言われても」


汗で前髪が張り付いた額を先端に擦り付けられて、ちゅう、と吸われて情けない声が出る。
開け放した窓を思い出して手遅れとわかっていながらも指を噛んで声を殺した。
気をよくした越前が下着に手をかけようやく外気にされされる。こもった熱が解放され、荒い呼吸を整えるが、そんな暇もなく、わざとらしく大きく口を開けて越前の咥内に招き入れられた。


「っ…!」


大袈裟なまでに腰が揺れて、より深く入ってしまう。目を細めて笑う越前と視線が絡んで、わけもわからず首を振った。
舌で包まれて、吸われる。耳を塞ぎたくなる音に耐えるように、指を噛む力を強めるが、越前に優しく絡め取られそれも叶わなくなる。
柔らかく熱い咥内にゆっくりと抜き差しされて、時折当たる歯にすら快感を拾い上げてしまい、ぐずぐずに思考が溶けていく。
わざと音が鳴るように唇を離され、先走りが伝った先の閉ざした窄まりを撫でられる。
越前の手にはいつの間に用意したのか潤滑剤が塗られ、抵抗なくツプ、と入ってくる。
浅い場所を拡げるように指を回され、期待から鼻にかかった甘い声が出た。


「かーわいー」
「っふざ、けんな」


睨みつければ、唇に弧を描いた越前の指が一気に奥まで入ってきて、待ち望んでいた刺激に身も蓋もなく喘いだ。


「期待には応えないとダメっスよね」


違うだとか、待てだとか、言うより先に越前の指に掻き乱されて、文句を言うために開いた唇からは嬌声しか出てこない。
せめてもの意趣返しに、越前の胸倉を掴んで引き寄せ、その肩口に噛み付いた。
一瞬息を詰めたようだったが、耳元に笑んだ空気が伝わって、ぞろりと耳環を舐められ、これから待ち受ける行為を思い、知らず知らず唇が喜びで歪んだ。


とっぷりと日が暮れて、外は虫の声だけで、すっかり静まり返っていた。カチカチと秒針の音はするが、どれだけ没頭していたのか、真っ暗な部屋で確認する術はなく、また知る必要もなかった。
越前が動く度に滴り落ちてくる汗と、お互いを求める水音と肌がぶつかる音が、たまらなく幸せに思えてならない。
お互いしか認識出来ない世界で揺さぶられる度にゆらゆらと揺れる赤が、いつまでも消えぬように願った。


これは夏のはじまりより少しあとの、夏のおわりより少し前の話。

END

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