テキスト

□赤い糸
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まるでおかしな話だが、越前には「赤い糸」が見えるらしい。

らしい、というのも、本人がそれに気づいたのは本当につい最近、それも自分と、ただひとりを限定しての話だった。

その「ただひとり」の小指から垂れていた赤い糸をみたのも、それを不思議に思ってラケットで掬いあげたのも、それがぶちりと呆気なく切れたのも、偶然だった。

「あ。」

と、思ったときにはそれはもう消えてしまっていて、疲れて幻でも見ていたのかもと無理やり自分を納得させた。
その声に反応して振り返った糸の持ち主、海堂は訝しげに睨んできたが、帽子を目深に被りなおして視線から逃れた。

よくよく見れば、その糸は越前の小指からも垂れていて、同じようにラケットで糸を掬えばあっけなく切れて無くなった。キョロキョロと周りを見渡すが、自分と海堂のようにそれらしいものを垂れ下げてはいなかった。

(テニスに邪魔だし)

なんにしても変な幻だ。


そんなことも忘れ部活に没頭し、いつも通りに一日が終わった。
しかし翌日目覚めると越前の小指にまたしても糸が繋がっていた。寝ぼけ眼でそれを摘み軽く引っ張れば、また簡単に切れて無くなる。

「…へんなの」

チラリと時計を見れば眠気も覚めて、バタバタと学校へ走って行った。

コートに向かうと、口々にどやされる。中でも海堂は特に当たりが強い。小指を盗み見れば、やはりそこには糸があった。
こっそりとガットでつついていれば、やはり切れる。

(よかった…。よかった?)

ホッとするような気持ちに、首を傾げる。

それから毎日、糸を確認しては切る、という作業を繰り返していた。
わかったことは、自分と海堂以外の糸は見えないこと、日に日に糸の強度が増していることだった。
素振りをするフリをしてズタズタにして思い切りラケットを振り下ろして切断する。糸の先を辿るより、切らなきゃならない、という使命感でいっぱいだった。
テニスに邪魔だから、それもあるが、自分の、なにより海堂の糸をみていると胸がムカムカしてくる。

(だって、その糸の先って)

自分以外だから、という考えに思い切り頭を振って周りをギョッとさせた。


また何日か経って、朝昼夕とダメージを与えないと切れなくなってきた糸の持ち主を探して越前は走っていた。
なんだか今日はいつもより海堂の糸がキラキラしていて、嫌な予感がする。
部室にいない海堂に、まさかと思ってニヤニヤと笑う部員を問い詰めれば、女子に部活前に呼び出されたらしい、と訊いたらいてもたってもいられなかった。
赤い糸、というだけで、それが本当に運命の相手に繋がっているのかは定かではない。それでも不愉快なものは仕方がない。


放課後、校舎裏、絶好の告白スポットに、海堂はいた。いたのは良いが、問題は赤いその糸の先が、今にも彼の目の前の女生徒に繋がりそうだったことだ。
ガンガンと頭が揺れて、血が昇っていくのがわかる。渇いて張り付く喉に無理やり空気を流し込んで、「海堂先輩!」と叫んでいた。


「越前」


きょとんとした顔でこちらを見た海堂の小指から、ぶちり、歪な音を立てて、糸は千切れて消えた。


それから先は越前もよく覚えていなかったが、海堂を引き連れてネットを挟んでテニスをしている現状を考えると、恐らく勝負を仕掛けて海堂の気を引いたようだった。
越前の海堂に対しての有効なカードはカルピンとテニスしかないのだから当然と言えばそれまでだが、よくやったと自分を褒めてやりたい。
何度も千々に引き裂かれたその糸は、まるで諦めてしまったように残骸だけを残して決してどこにも伸びずに小指にぶら下がっている。


「海堂先輩、オレ、責任取るから」
「何の話だ」

コートチェンジですれ違いざまに呟いて、帽子のツバをあげて不敵に笑ってみせた。


「オレが勝つ、って話っスよ」


途端にギラつく海堂の瞳に、ぞくぞくして、充足感で満たされていく。
試合が終わったらお互いのこの糸を無理やりにでも結んで、結ばれるはずだった赤い糸の先の相手にいつもの口癖を言ってやろうとサーブトスをあげた。


「まだまだだね」


END

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