テキスト

□年頃なので
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「飲み物取ってくる。…あまり部屋の中見るなよ」
「うぃーす」

ぱたり、と閉まったドアを見て、越前はニンマリと口角を上げた。
これは「やましいことがあるのでどうぞ見てください」ということだろう。
海堂にたいして淡い恋心を抱いて、いつしか明確な下心へと変貌した今日この頃、訝しむ海堂を「見られたら困るものでもあるンスか?」「やらしー」などと言いくるめて部屋へとあがりこむことに成功したのだった。
今日ほど皮肉や憎まれ口にばかり特化した口先を感謝したことはない。

無遠慮に見回すが、海堂の見た目通りキチッとしているし、目の前にあるガラステーブルには指紋ひとつない。
鏡の前のトレーニング器具は努力家の海堂らしい。これなら学校の木で懸垂などしなくても良いのではないだろうか。でも上下に揺れて吐息を漏らす海堂は、年頃の恋する越前には刺激が強すぎた。
あとでそこでトレーニングしてもらおう、と勝手に決め、別の場所に目を移す。
戸がある。押入れだろうか、それにしては広さがある。立ち上がってそっと手をかける。
開けてすぐ閉め、もう一度開けた。

部屋だ。
というより、寝室だった。
これはいけない、と思いつつ好奇心は抑えられずふらふらとした足取りで敷いてある布団に近づき、横たわってみる。
鼻腔いっぱいに海堂の香りが広まって、頭の天辺から爪先まで痺れるような多幸感に包まれた。
やばい。もはや脳内はそれしかなかった。
そして広い。これは二人で寝ても大丈夫、どころではない。どんどんと膨らむ妄想に涙さえ浮かんでくる。
しかしそうモタモタはしていられない。海堂が戻ってくるまでに「見られたら困るもの=エロ本」を探したい。あわよくば「こんなの興味あるんスか?」「…ねえ、オレと、してみる?」と持ち込みたい。妄想に翼が生えていく。

寝室ということは、恐らくここにある。キョロキョロと見渡せば、可愛い猫の置き物がある。ほっこりして、その下を見れば不自然に紙袋に入った何かが置いてあった。

これだ、これしかない。

逸る気持ちを抑えつつ、紙袋に手を伸ばす。
しかし集中しすぎて周りを気にしていなかった。

「…越前?そ、それはっ!」

ばっ、と勢いよく海堂が飛びついてきた。
しまった、どうしよう、いいにおい、海堂先輩が抱きついてきたやばい、という相反する思いがない交ぜになって心臓が早鐘を打つ。

「み、見たのか!?」
「あ、アンタも一応こういう雑誌は読むんだ?」

両肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。これはむしろ今後オレからしたいな、と翼を羽ばたかせて空を飛んでいく妄想。
ぐっ、と唇を噛み締めて恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く海堂に、飛んで行った妄想が四散した。生身の海堂に勝るものはなかった。


「仕方ないだろ…好きなんだからよ…」
「す、好きなんスか!?」


知らなかった、むしろここでカミングアウトしてくれるということは、越前とそういうことをしてもいいということでは?と都合よく解釈して、渇く喉を無理やり鳴らし、はくり、口を開いた。


「エロ本」「猫の雑誌」


固まった。何なら海堂の表情が今までにない程に険しい。地を這うような低音で、海堂が
凄む。


「………あ?」
「猫、猫っスよね」
「今貴様なんつった?」


ぐ、と胸ぐらを掴まれる。このままでは永遠に出禁になるどころか口もきいてもらえなくなる。
これだけは使いたくなくなかったが、心の中で愛猫にごめんと謝った。


「…今度、カルピン触りに来ません?」

「……いいのか?」


先ほどの険相を一瞬で消し、ほわっ、と周りに花を散らすように喜ぶ海堂に複雑な心境になりながら、帰りに高級な猫缶を買おうと決意した。

END

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