テキスト

□ラブレター
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青い封筒と、淡い水色の便箋を持って、生意気に笑って越前はこう言った。


「ラブレターの書き方、教えてよ」


唖然として、海堂は越前に請われて持ってきた、1年のときに使っていたノートを握りつぶしていた。
勉強を教えて欲しいと頼まれ、じゃあ図書室でと提案すれば静かすぎて集中できないと返され、それなら放課後教室でとムッとして言えば運動部の掛け声を聞いたらテニスをしたくなるからと却下された。


「オレの家でいいじゃん」


カルピンもいるし、勉強終わったら打とうよ、と誘われて、渋々休日に越前の家へ来たというのに、何を言っているのだろうかと眉間に皺が寄る。


「拝啓、とか書き出しってあるんスよね?」
「勉強を教えに来たはずだが」
「口実っスよ、海堂先輩が一番そーゆー堅苦しいの詳しそうだし」


字もキレーだし、と便箋越しにチラリとこちらの様子を伺う顔は悪ふざけのようには見えず、深いため息を吐いて了承した。

越前に好きな相手がいる、それもラブレターなんて今時珍しい方法を使ってまで。
中々に衝撃的な事態に海堂は心中かなり動揺していた。
普段そこまで親しく話すこともない、まして恋愛事なんて一言も交わしたことがない相手に、どう対応していいのか考えあぐねていると、越前がぽつりぽつりと話しだした。


「オレの好きな人、こういう古風なの好きそうなんスよね」
「そ、そうか」
「そう。几帳面だし、字とか書き出し間違ったら内容どうこうじゃなく駄目出しして怒りそう」

その相手を思い浮かべているのか、柔らかく笑う越前にどきりとする。
恋愛話などしたこともされたこともないので、どう答えたらいいのかわからず、気まずさを誤魔化すように咳払いをした。


「…そういうのは、文面より気持ちが大事だろ」
「ふーん、具体的には?」
「は!?…いや、ど、どこが好き、とか、あるだろ」


突然の切り返しにじわじわと手に汗をかいてきている。恥ずかしい。じっとこちらを見つめる越前の視線が痛い。


「好きなとこ…」


手持ち無沙汰にペンをくるくると回しているのを止めて、すっと越前の手が海堂の汗ばんで握りしめたそれに重なる。


「努力家なとこ、真面目で融通きかないとこ、怒りっぽいとこ、不器用なとこ、しつこいとこ」
「半分以上悪口じゃないのか、それは」


そこを好きですと書かれても、相手は困惑するか激怒するかではないのだろうか。
つつ、と越前の指が這うように手の甲から腕、肩、首、顎先、唇、と辿っていく。
妙に熱い指が艶めかしく、背筋がぞくりとする。
越前が詰めていた息をはあ、と吐いて、うっとりしたように海堂を見つめて唇を開いた。


「マメだらけな手とか、しなやかな腕とか、日に焼けた首筋とか、シャープな顎先とか、ふっくらした唇とか」
「いやそんなこと書いたら気持ち悪い奴だと思われて破り捨てられるぞ」


後輩の知りたくもない一面を見てしまった。正直に言って気持ち悪い。こんなことを書かれたら女子が可哀想だ。


「…やっぱりラブレターやめようかと思うっス」
「ああ、それがいい」
「脈がなさすぎるんスけど…」
「まさか今みたいなことをすでに言ったのか!?」
「そっスね…鈍感すぎるっス」


鈍感なのは越前なのではないだろうか、こんなことを直接言ったあとにラブレターを渡そうとする勇気はある意味尊敬する。


「ちょっとは意識してくれてるかな、と思ったんスけど」


ジトッと睨まれても、海堂にはどうすることもできない。せいぜい危ない奴だと認識されるのが関の山だ。
珍しく目に見えて落ち込む越前に、精一杯フォローしようとあれこれ考えるが、いかんせん先ほどの言動がマイナス値を振り切ってしまって何を言ってもプラスになる気がしない。


「海堂先輩は、オレの好きなとこないんスか」
「お前の好きなとこ」
「オレの好きなとこ」
「…………、テニス、カルピン……、…あと…あと他にか…」
「泣きたくなってきたっス」


机に突っ伏していよいよいじけてしまった。
そういう年相応なところは可愛気があって放っておけない気持ちになる。
ふわふわな猫っ毛に指を絡めて撫でてやれば、真っ赤な顔で慌てふためいている。
珍しい姿に口元が緩んでしまう。


「確かにお前は後輩のくせに生意気で、不遜で、とっちめてやりたくなるが」
「それ今言うんスか…」
「それでも、放っておけないくらいには気に入ってる」
「それって」


弟のようだからな、という海堂の最上級の賛辞に、越前は乾汁を飲んだときですら見たこともない渋く苦々しい表情で曖昧に笑って、「上げて落とされた」と床に蹲ってしまった。
ごつごつと浮き出た背骨を感じながらゆっくり背中を撫でてやると、なんとも言えない感情がせり上がってくる。
成長途中の薄い身体や、勝気に笑うところだとか、先ほどみせた柔らかい表情だとか。
何よりもテニスに対する姿勢をみて、テニスをする越前をみて、断る人間がいるのだろうか。
内容は少しあれだが、一途にもこんな風に封筒と便箋を用意して想いを伝えようとしているのに、とそのまだ何も綴られていない便箋を睨みつける。
見ず知らずの相手をとやかく言うのも憚られるが、その相手も、選んだ越前も。


「見る目ねえな」


俺なら断らねえぞ、と出かかって口を噤み、ますます背中を丸める越前の背中をあやすように叩いた。


END

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