テキスト

□うなじ
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土曜日の午前中の部活終わり。部員は各々談笑しつつ帰宅していった。これから街へ遊びに行くものもいるのだろう。
海堂も誘いを受けていたが、自主練習のために断った。コートはすでにネットも緩ませ整備もしてしまったため、体力作りの基礎練習ばかりだが、苦にはならない。
ひとしきり練習を終え部室へ入ると、落ち着かない様子の越前がいた。
部活が終わってから2時間は経っている。時計と制服姿の越前を見比べていると、瞳を潤ませて「忘れ物」とだけ呟いた。
「そうか」とだけ返してバンダナを外し、ベンチに腰掛ける。
倣うように隣に座った越前に、くいっとタンクトップを引っ張られる。


「かみ…」
「紙?プリントでも忘れたか」


決して広くはない部室だが、それでも二人だけの空間での距離ではない。
ちらりと越前を見やるが、近すぎて焦点が合わない。
いつの間にこんなに近づいていたのか、ぴったりと合わさった太もも同士は熱を持って、じっとりと汗ばんですらいる。


「海堂先輩…」


す、と髪の襟足に指を絡ませてきた。やけに熱い指がうなじをなぞる。
荒い呼吸に水分を含んだ瞳、蒸気する頬。まるで風邪をひいているような様子のおかしい越前に、心配になってくる。


「熱でもあるのか」
「…ん、」

後頭部にまで回ってきた越前の腕を捉え向き直る。不服そうに唇を尖らせるのを無視して前髪をかきあげ手のひらを当てるが、平熱のようであるし、気持ちよさそうに目を細めてすらいる。
猫のようなしぐさになごみつつほっとしていたのもつかのま、再度越前が指をうなじへと這わせてくる。


「昨日、先輩、髪切ったんスよね?」
「おう…」
「ふうん、やっぱり」


鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌に、さり、さり、と整えられた襟足を撫で始めた。


「おい、何なんだよ」
「ここ、短くするとざりざりして好きなんスよね」


確かに襟足を短くしたときについでにとうなじもバリカンで剃られたが、あまりにも意味がわからない不気味さがある。
またたびを前にした猫のようにとろりとした瞳で至近距離で見つめられうなじを撫で回される得体の知れない恐怖と言ったら、ない。


「…ねえ、海堂先輩、ここなめてもいい?」
「いいわけねえだろ!!」

こわい。後輩の知らなくていい一面を知ってしまった。
海堂はたじろぎ立ち上がろうとするが、体重をかけられて床へと尻餅をついてしまう。痛みで一瞬動けないでいると、遠慮もなしに越前にひっくり返され、さらに腰にどっかりと乗られて身動きが取れなくなっていた。
ふー、ふー、と鼻息がうなじへ当たる。
まるで俎上の鯉。肉食獣を前にした草食動物。
首をよじって越前の顔を見ることもできず、床に向かって懇願するしかできない。


「えちぜ、越前、やめろっ」
「っなんか、今、すごく、悪いことしてる気分っスね」
「してるんだよ!」
「可愛い後輩にうなじのひと舐め、ふた舐め…さん舐めくらいさせてくれたっていいじゃないスか」
「なんだその理屈は!」


ぎゃーぎゃーと叫んでいると、はぷ、と間抜けな音がしてうなじに滑ったものが当たる。
じゅ、じゅる、と絶望的な水音に喉からヒュッと空気が漏れた。


「おまえ、おまえな…っ」
「舐めちゃダメなら吸うならいいでしょ?」
「いいわけあるか…!つうか舐めてるだろ!」
「舐めて吸ってるっスね」
「条件が悪化してんだろうが…」


もはややりたい放題の後輩に何を言っても無駄だと悟りの境地にまで達してしまった。
うなじを舐められるくらいもういいのではないか、と何か大事なものを奪われた喪失感でいっぱいになりつつ、おとなしく時が過ぎるのを待った。
ざり、ざり、とうなじを丹念に舐められるが、心頭を滅却すれば、もはや猫にグルーミングされているようなものだとすら思える。
ぬるぬると舌が這い回り、ときに強く吸われ、かと思えば労わるように唇で触れるか触れないかの緩急をつけてくる。
いや、これは猫のグルーミング、グルーミング…と念じていると、がり、と歯を立てられた。


「…っ」
「…感じた?」
「色ボケしてんじゃねえ!痛いんだよ!」


もうこれ以上調子に乗らせてたまるかと身を捩るが、腰に熱を帯びた硬い何かがあたって身が竦んだ。


「は…、いや、冗談だよな…」
「…正直、海堂先輩が髪を切ったの見たときからヤバかったっス」


さー、と自分から血の気が引く音というものをはじめてきいた。
越前のうなじにかける情熱が振り切っていておかしい。
うなじの貞操の危機を感じる。もはやうなじを汚されきっている気がするが、海堂の知らないもっとヤバイ何かをしでかすかもしれない。


「越前、もうダメだ、これ以上は…!」
「オレを煽る天才っスね海堂先輩…」


無駄にやる気に火をつけてしまった。
ごり、と腰に押し付けられる熱に恐怖しかない。しかし後輩に道を踏み外させるわけにも、うなじが汚されきってしまうのも見過ごすわけにはいかない。


「越前、まず落ち着け」
「ウィッス」
「まずそこからどけ」
「やだ」


ぎゅ、としがみついてくる様は可愛らしいが、どうにも押し付けられている物体が可愛くない。
暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。ずるずるとよくわらない理屈でこんなことになってしまったが、うなじフェチがすぎるあまり好きでもない男相手にこんなことをしてしまう越前が心配になってしまう。
僅かばかりの越前の理性にかけるように、意を決して口を開いた。


「いいか越前、好きでもない相手にこんなことをするな。」
「え、好きっスよ」


さらりと爆弾発言を告げられ、思考が停止する。
先ほどの決意も喪失し、ぢゅる、じゅ、と吸われ続ける音を聞きながら現実逃避のように思い出すのは、葉末に「危ないヤツがいたらすぐ鳴らせ」と渡した防犯ブザーのことばかりだった。


end

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