テキスト

□言質
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生意気な新入生がレギュラーの座を勝ち取り、部にも溶け込みはじめた5月半ば。新緑から差し込む光とさわさわとそよぐ風が心地いい。
海堂は休日の部活後、まだ昼で天気も良く、ひとりトレーニングに励んでいると、帰ったはずの制服姿の越前がいた。
そうして、いつものように生意気な新入生は生意気な挨拶と変わらぬ調子で言い放った。


「海堂先輩、あんたのこと、好きなんだけど」


それはあまりに突然の出来事だった。青天の霹靂とはこのことか、と海堂はあたりを見渡した。
きっとすぐに「大成功」のプラカードを持って先輩たちや桃城が登場するのだろうと、そして桃城が出てきたら殴ってやろうと心に決めた。
しかし爽やかな風が通り抜けていくだけで一向に姿は見えない。
首を傾げていると、20センチ以上下から恨みがましそうな声が聞こえてくる。


「…ねえ、なに余所見してんの」
「いや、いつ先輩たちや桃城が出て来るか待っているんだが…」
「は?人が告白してるときに他の男の名前だすとか失礼すぎるんスけど」


ムッとした様子で睨みつけてくる越前に、益々困惑した。いつまでも要領を得ない海堂に業を煮やしたのか、「返事」と急かしてくる。

返事…?

というシンプルな疑問しかない。「好きなんだけど」の返事とは。
ありがとう、と言うところなのか、しかし越前と海堂はそのような寒々しいことを言い合う仲ではないし、そもそも好かれている素ぶりはいままで一度も感じたことはない。
好きにも種類があるのは理解している。愛情、友愛、慈愛や尊敬。しかしそのどれにも当てはまる様子はない。
からかわれているとしか思えない。


「付き合って、って言えばあんたでもわかる?」


どこに、と言ったらさらに機嫌を損ねそうなほど不遜な態度で紡がれる言葉は、おおよそ好きな相手に使うものではなかった。
とりあえず生意気な言い草に頬を軽くつねってやった。


「先輩には敬語使え、コラ」
「いひゃい」
「これに懲りたら悪趣味なイタズラはするな」


手を離すと、真面目な顔をして考え込んでいるようだった。反省をしているのかもしれない。


「たしかに、海堂先輩のこと好きなのは悪趣味かもしれないっスけど」
「オイ」


もう一度つねってやろうかと手を伸ばすと、そのまま捕らえられ、指先にふにゃり、と柔らかく湿った感触がした。


「イタズラじゃないんで」


ドッキリに命がけなのか…?なにかの罰ゲームなのか…?後輩が哀れに思えてくる。
こうまでして使命を全うしようとするなら、先輩として折れてやったほうがいいのかもしれない。
正直ここまできたら痛み分けだとすら思う。


「…わかった、付き合えばいいんだな?」
「…マジっスか?」


自分から提案しておいて、言うに事欠いてこいつは、と文句をつけようとしたが、何も出てこなかった。
頬を染めて、瞳を潤ませて、唇は笑いたいのにうまく力が入らないのかふにゃふにゃで、まるで本当に喜んでいるかのようで言葉を失ってしまった。

はやまった。やってしまった。はなから信じてやらずに、軽い気持ちで返事をしていいものではなかった。

ざあっと血の気が引いていく。そんな心境など知らない越前は、嬉しそうに両手を握ってきた。


「先輩、嬉しいっス」
「わ、わるい、越前、その」
「…ん、大丈夫っスよ」


寂しげに笑う越前にぎゅうっと胸が痛んだ。聡い越前のことだ、海堂が信じておらず適当に返事をしたことなど全てわかっているのかもしれない。
じわじわと握られた両手が汗ばんでくる。思わず離そうかと力を入れるが、うつむいた越前は健気にも離すまいと握り返してくる。
まるで祈るかのような仕草に罪悪感でどうにかなりそうだった。


「え、えちぜ…」
「こういうの、『ゲンチをとった』って言うんスよね」
「……は?」



寂しげな表情から一転、いつもの不遜で不敵な笑みを浮かべている。先程までのしおらしさは何処へいってしまったのだろう。
先程まで健気だとすら思った手が今は色を含んで指まで絡めてくる。
罪悪感を返してほしい。
それとも、それを感じさせないようにわざと振舞っているのかもしれない。
どう反応すべきか決めあぐねていると、越前は口角をあげて勝気に言い放つ。


「別にきっかけさえあれば順番なんてなんでもいいんスよ、あんたのこと惚れさせる自信あるんで」


前言撤回。
覚悟しておいたほうがいいよ、と越前は実にらしい口説き文句を言うのであった。


END

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