テキスト

□葡萄味2
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葡萄味の続きです
引き続き電波のようなオカルトのような内容です

じっとりと水気を帯びた空気がまとわりつく季節になってきた。
じわじわと体力を奪う湿度が鬱陶しい。

外周が終わり滲んだ汗を拭って呼吸を整えていると、「オーバーワークなんじゃないっスか?」と気配もなく突然背後から声をかけられた。

ビク、と揺れる身体に舌打ちをして「誰のせいだ」と独り言つ。
知らん顔をしてわざとらしく伸びをする越前に、先日言われたことを思い出す。


『うん。オレ、吸血鬼だから』


世間話の延長線のようにさらりと言われた。
冗談に違いない、そんなことありえないとわかっていても「コイツならあり得るかもしれない」という思いが拭えない。

そして運動後の血が飲めたものではないとも続けて言っていた。
だからというわけではない、断じてないのだが、念には念を入れたい。そんな思いがあって、最近は確かにオーバーワークの自覚があった。
チラリと越前を見る。そこに確かに伸びる影に「人間だ」と安堵を覚えつつ、やはり一定の距離を保つ。


「…この間のこと、気にしてます?」


そんな視線を受けてか、越前が殊勝に問いかけてくる。
太陽の光を浴びて、キュッと細くなる瞳孔が、猫を連想させた。


「海堂先輩、最近オレのこと避けてますよね」


図星だった。多少の罪悪感を感じつつ、それでもタチの悪い冗談を言った越前の責任だ。
言いあぐねていると、越前は畳み掛けるように続けた。


「そんなに態度変えられると、さすがに傷つくっス」


そんなに怖い?と一歩近づかれた。
じり、と後ずさりたくなるが、見上げてくる瞳がどうにも健気で、ここで離れたらさらに傷付けてしまうことは明白だった。


「…変な冗談言うからだろうが」
「…冗談じゃない、て言ったら?」


ぐ、といつのまにか距離をつめられて、手首を掴まれた。
先程までは確かに細かった瞳孔が丸く大きくなっていて、やはり獲物を狙う猫のようだとどこか他人事に考えた。


「おい、離せ」
「振りほどけるでしょ、先輩なら」


それは確かに簡単だが、ここで突き放せばまた越前を傷付けてしまうことはわかっていた。
避けていた罪悪感から身動きが取れない、きっとそれも越前はわかったうえで試すような真似をしている。


「…ねえ、どこまで許してくれる?」


掴んだ手首に、唇が寄せられる。
ぞわりと怖気づいて突き飛ばしたくなるが、縋るような瞳にぐっと耐えた。
どこまでとは。


「オレ、先祖返りって言いましたよね。だから柔らかいところからじゃなきゃ吸えなくて」


片方だけ鋭い犬歯が覗く。ドクドクと騒ぐ心臓がうるさい。
軽く歯を立てられて、真っ赤な舌が血管をなぞる。
ふ、ふ、とどちらともわからない短い呼吸音。
何を言わんとしているのか、さすがに察した。
それを言われたらどうすべきか、まとまりがつかないまま越前は倒錯した感情を乗せて問うてきた。


「…ダメ?」


「……っ」


どちらもと答えられず、かと言って振り払うことも出来ず、ぎゅ、と目を瞑ることしか出来なかった。
噛まれて吸われてしまうのか、痛いのだろうか、来たるべき衝撃を待ち構えていたが一向にその気配はなく、恐る恐る目を開くと、笑いを堪えた越前がいた。


「ふ、先輩怖がりすぎ、ふふ」
「き、貴様、またか、この野郎!!」
「だって、面白くて、ふ」
「笑ってんじゃねえ!」


またからかわれてしまった。憤慨するが、安堵のほうが強かった。冗談で良かった。
本当に噛まれるかと思ったし、覚悟を決めてしまった。


「これ以上笑ったら殴るぞ」
「横暴っスよ、オーボー」
「とにかく、この手の冗談はもうやめろよ」
「海堂先輩めちゃくちゃビビってましたもんね」
「ビビってねえ!」
「はいはい、すみません。」


柔和に笑う越前と、いつも通り、というより少しだけ縮まった距離に、くすぐったい気持ちになる。
傍迷惑だが、越前なりのウィットに富んだジョークだったのかと思えば多少は看過できる。


「もう避けないでくださいね、わりと本気で傷つくんで」
「元はと言えば貴様のせいだろうが」
「あとオーバーワークすぎ。乳酸と老廃物溜まるって言ったじゃないスか」
「それも貴様のせいだろうが!」
「やっぱりビビってるじゃないスか」


うるせえ!と怒りながらこれ以上つつかれたくなくてコートに向かって走り出す。
後ろから「オーバーワークって言ってるじゃないスか」と声が追いかけてくるがスピードを上げて無視をすると、「もう」と呆れた様子で後をついてきた。
少しだけこの生意気な後輩の扱い方がわかって胸が温かくなる。これからは心持ち優しく出来そうだ。



「冗談だったとは一言も言ってないんだけどね」


越前の独り言は生温かい風にのまれて消えた。



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