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□最大級のEgoism
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三年も引退を終え、秋の気配を感じる頃。新部長が海堂に決まった。日々の努力が買われた結果で、彼の人生は順風満帆に思えた。
だが、その日は、あまりに突然に海堂の身にやってきた。


『海堂部長。オレ、アンタとセックスしたい。』


ふたりきりの部室に響く、あまりに衝撃的で過激な言葉を、海堂より一つ下の越前は言いのけた。

「………はぁ?」

凄むことすら忘れ、呆気にとられてしまう。
目が合った越前は、いつも通り飄々とした態度で唇を釣り上げて生意気に笑っている。
幻聴だったとすら思えてくるほど変わらない光景だったが、催促するように、下から覗き込んできた越前は現実を突きつけてきた。

「ねえ、きこえてる?せ、っ、く、す、したい、って言ったんスけど」

ヒュ、と喉が絞られた気持ちだった。
いま、目の前の後輩は、なにを。

いきなり何を言い出すんだ、だとか、第一ここは部室だぞ、だとか、ごく当たり前のセリフが浮かんでは消える。
ただただ混乱していた。
口元だけは歪なほど笑みの形を取っているのに、越前の目は、一切笑っていない。


「あ、オレ別にゲイってわけじゃないっスよ?アンタのコト、好きでもなんでもないし。」


うんうん、と一人で相槌を打つ越前にまた絶句した。
好き、というならまだ理解しよう。いや、無理だ、理解なんて出来ない。部室で、先輩後輩で、男同士で。
それが、何故。


「ただキョーミあったんスよね。男とヤるのって気持ち良いのかどうか」
「興味、本位、」
「そう、キョーミホンイ」
「ふざ、っけんな!」


思わず机を叩いた。怒りに震えた唇が戦慄いて言うことをきかない。そんな馬鹿みたいな興味に付き合わされる義理はない。

「えー。別にふざけてないっスよ。ただヤりたくなったら丁度アンタが居たんだもん。」

これってヒツゼンってヤツじゃないっスか?などと当たり前の様な顔で宣う。
どこかで誰かが言っていた。越前リョーマは王子様だと。これのどこが王子様だと言うのか。
今はただの言葉の通じない怪物でしかない。

「…、それを!ふざけてるっつーんだよ!馬鹿か!やってらんねえ、俺は帰る。」

イライラと呆れが入り乱れ、爆発寸前だった。殴ってしまう前に帰ろう。震える手をぐっと握りしめ、越前に背を向けた。
きっとそれが敗因だった。



「…帰すわけないじゃん。」


笑っているのか、怒っているのか、判断がつかない不気味な声色。ぞわりと総毛立つ。
それでもどこかで安心していた。
越前は後輩で、自分より小さくて、力だって自分のほうが強い。
本気なわけがない、常識的に考えて、あり得ない。

「もっかい言うっスよ。海堂部長、オレ、アンタとセックスしたい。」

腕を、掴まれる。
ぎりぎりと軋んで痛い。そんな細身の身体のどこにそんな力があるのだろう。トレーニングを欠かさずしているのか、感心だ。
頭では警報が鳴っているのに、考えるコトは平和なことばかりだった。
だって、こんなのはおかしい。

「…随分おとなしいっスね。合意で抱かれてくれるんだ?」

海堂にはまるで単語の意味が理解出来ない。ひとまず、とんでもないコトを言っているのは確かだと確信する。

現実感がまるでない倒錯した出来事に停止してしまっていたが、尚も腕に食い込む鋭い痛みに
ようやく、脳が危険信号を伝えて来た。

「この、調子に乗るな!離せ!」

思いっ切り手を振り払うと、あっけなく越前の手は離れる。そうだ、ここまで体格差があるのだ。何も怖いことなどない。

「寝言は寝て言いやがれ!クソ野郎!」

それだけ言って鞄を掴んでドアへ向かう。はやく、はやく、と脳が命令しているのに、手足が震えて思うように動かない。

「…やっぱそのくらい強気じゃないと面白くないっスよね」

カチ、と背後で音がする。嫌な予感がした。まさか。いくら何でも。
そっと、後ろを振り返る。
ひゅ、と。眼前を鈍い色をしたカミソリが翳される。
よく見るT字の物ではなく、刃が剥き出しのそれは、恐怖を煽るのに充分だった。

「……な、に…してんだ、越前…」
「ふぅん。刃物はやっぱ怖いんだ。大丈夫っスよ、言うこと聞いてれば酷いコトはしないっス」
ああ、なんて運が悪いのだろう。恨むのなら、越前とふたりきりになってしまったコトを恨むしか。
鞄なんておいて、さっさと逃げ出していれば。
思い切り突き飛ばしていれば。


「………っ、」
どうしたらよかったのか、自分の行動への後悔がぐるぐると巡っていく。
しかしいくら考えても現状は覆らないのだから、これからどうすべきかを鈍った頭で捻り出すしかない。
背を向けてドアから逃げるべきか、ベンチを蹴飛ばして意表を突いた隙に逃げるべきか、それとも越前を殴り飛ばすか。
どの案も、不気味に反射する刃が躊躇させてくる。

「暴れたり逃げたりしないでね、捕まえるの面倒だし。声はいっぱい出して良いっスから。たくさん啼いてよ。」

海堂の考え事がわかっているのか、身の振り方を指導していく。
退路が断たれていく気分だった。


「ふ、ふざけ…」
「てないってば。オレは本気。で、アンタを犯す。…Do you understand ?」

わざとらしく流暢に英語を使う越前に思わずYESなんて言ってしまいそうになったが、冗談じゃない。何故こんなことを決定事項の様に言われなくてはならないのか。

「確かアンタ、ソーイングセット持ってたっスよね」
「え?…あ、ああ…」

いきなりの日常会話についていけず、間の抜けた声を出してしまった。
従順な返答に気を良くしたのか、ふ、と表情を和らげた越前につられて、口元が笑顔を型取ろうとして引きつった。

「そっか、じゃあ…」

ブツン。カミソリの刃が、次々と海堂の学ランのボタンを弾いた。
現実逃避からか、カツン、と床に散らばるボタンの行方の心配をしていた。

「これくらいしても大丈夫っスね」

良いはずがない。言う暇もなく、越前はあっという間に海堂の学ランのボタンを全て弾いてしまった。
越前の行動にぽかんとしているうちに、シャツ越しに手が触れてくる。

「筋肉ばっか…、ねえ、触り心地良くないんスけど」

不満気にわざとらしく頬を膨らます。いまさらやったところで、可愛いなんて思えるわけがない。
しかし、これはチャンスだった。

「わかっただろ、男なんてこんなモンだ。柔らかくもねぇし、まして気持ち良いはずがねえ。良かったな、お前の興味はそこだったんだろ?解決だな。」

口下手な海堂がよくもまあこれほどまでというほど一気に捲し立てる。
これで逃れられる。
浅慮だとわかっていても、もうどうしていいかわからない。
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