テキスト

□かわいそうな海堂先輩
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梅雨も明けていないのに、ぐんぐんと気温が上がってすっかり夏の暑さになっている。そんな中それは思い出したようにしとしとと柔らかく地面を濡らしはじめた。
湿度が上がって不快指数が上がっていく。

「でも、部活が終わった後でよかったっスね」

部室のベンチに腰掛けた越前は、窓越しに降る雨粒を見て、手持ち無沙汰でとりあえず目の前の相手の前髪を一房掴んだ。
すぐに威嚇する猫のように払われて、「おー痛い」とわざとらしく手を振った。

ぎらぎらと目を光らせ、ふ、ふ、と短く息をしている様は野良猫然としている。
越前に文句を言おうと口を開こうとするも、噎せて咳き込んでいた。

「噛まれそうで怖いから、喋らないでよ」

ね、海堂先輩。
鼻歌を歌うように楽しげに、床に膝を着いて越前の猛りを咥える海堂を眺めた。



越前と海堂の間に恋愛感情はなく、ただ負けず嫌いによくある「負けたらなんでも言うことをきく」というくだらないゲームを実践しているだけだった。
はじめは、勝負にことごとく勝った越前が、いよいよ命じることが思いつかなかっただけのことで、悪ふざけで海堂が激昂する様をみてからかうつもりで言い出した。
ふっくらとした海堂の唇をじっと見つめて、「舐めてよ」と言い放ち、腰を押し当てた。
この手の冗談は言ったことがない。海堂の反応を想像して口元が緩んでしまう。
しかしそれに充分な時間をかけて「わかった」、と了承した海堂に、越前は珍しく目を見開いた。
海堂なりの意趣返しだったらしく、耳を真っ赤に染めチラチラと様子を窺い「冗談スよ」と言われるのを待っているようだった。
見たことのない姿にジワジワと押し当てた箇所が熱を持ち出して、ギョッとしたのは2人共だった。
海堂より先に平静さを取り戻した越前は、唇を釣り上げて「男に二言はないっスよね」と告げた。


越前が期待した以上の嫌悪に顔を歪ませる海堂に、どうしようもなく劣情を覚えてしまった。


それ以来勝負に勝っては自動的にこういうことをするようになり、何も言わずに膝を着く海堂に感じた罪悪感は最初だけで、今は勝負だからと割り切ってしまっていた。
それどころか、悔しげに睨み上げながら口を窄めている海堂は嗜虐心を煽って楽しくすらある。



(ただのゲームだし)


正直に言えばとても下手で、先端を咥えるか舐めるかしか出来ないが、毎回律儀に青ざめながらも越前が達するまで続ける姿は健気で征服感を満たしてくれる。


「海堂先輩努力家なのに、こーゆーのは下手なままっスよね」


より一層海堂の眉間に皺が寄る。ちゅぽ、と離して先走りと涎で濡れた唇を袖で拭った。
「噛まれそうで怖いから喋らないで」という言葉を守っているのが可愛い。


「…さっきからうるせえ、それでいつも満足してんのはどこのどいつだ」
「オレ?」


後頭部を掴んで再び猛りに引き寄せ、引き結んだ唇に無理矢理あてがう。
ぐりぐりと先走りを塗り込むようにすると、さらに歪む顔がたまらない。


「口、あけて」


海堂は言われるがままに薄く開き、躊躇いながら再度口内に招き入れ、頭を動かしはじめた。
早く終わらせたいのか、動きが早くなってきている。しかし単調すぎる刺激で、しばらくは達せそうにない。


「雨がやむまでしばらくかかりそうだし、急がなくて大丈夫っスよ」


窓から窺える淀んだ空は晴れる気配もなく、じっとり纏わりつく空気は、跪く海堂の体温をあげていってさらに湿度があがっていく。
くぁ、とあくびをしながら再び海堂の髪を撫でつけた。
喉の奥で唸ってはいるが、振り払う時間すら惜しいらしくされるがままになっている。
汗をかいて額に張り付いた前髪をかきあげ、そのまま横髪を耳にかけるが、動くたびに乱れるのであまり意味をなさない。


「先輩、こっちみて」


まるで親の仇を見るような鋭さはそのまま、顎が疲れたのか口が閉まらなくなって、ぼたぼたとふたりの体液が混ざったものが床を汚している。
満足に呼吸が出来ず苦しいのか、涙が滲んでいて、越前のハーフパンツを握る手も力を入れすぎて震えて白くなってきている。
雨も止んで、そろそろ頃合いかもしれない。


「かわいそうだから、終わりにしてあげる」


毎回このセリフを言うと安堵から力が抜けていくのでよほど嫌な行為であったことが伝わり、わかりやすい。
ずる、と吐き出しタオルで強く拭っている。
そんなあからさまな態度は余計に火をつけるだけだと学習しない海堂に、少しの苛立ちを覚える。
普段はここから適当に扱きティッシュに出して終わりだが、もっと、もっと歪ませてしまいたい。


「…ねえ、飲むのとかけられるの、どっちがいい?」
「は…?」


冗談にしたいのかひくつきながら歪に吊り上がる唇に、再度押し当てる。


「ねえ」


口を開いたらねじ込まれるのを悟って、唸りながらひたすら頭を横に振る姿がいじらしい。


「かけられたいんスね」
「んん、っ」


床や服を汚されることと天秤にかけて僅差で飲むほうが勝ったらしく、小さく開いて吸い付いてくる。
困惑した表情で見上げては、越前が「冗談」と言うのを待っているようだった。
何回も咥えておいて今更何を嫌がることがあるのだろう、この罰ゲームをはじめたときも冗談だと言わなかったのにまだ信頼を寄せているのか、と頭がスッと冷えていく。
止んだはずだった柔らかな雨音は強さを増して、まるで2人を足止めするようにザーザーと窓に打ち付けてくる。


「負けたら何でも言うこときくんじゃなかったっけ?」


海堂の矜持をへし折るには充分なセリフだった。
侮蔑を込めた瞳に力が入り、喉の奥でありったけの罵詈雑言を溜めているのがわかる。
今なら本気で噛みちぎりそうで、でも根は優しい海堂はそれが出来ず、唸るしかない。


「かわいそう、海堂先輩」


越前の言葉ひとつで抵抗もせず、不満も文句も暴言も、すべて白濁に混ざって飲み下すしかない。


「本当に、可愛そう、海堂先輩」




fin.

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