テキスト

□ゆびきり
3ページ/3ページ

「かおるちゃん、へいき?」
「…ん」


ぱたぱたと手で扇いで熱を下げようとするリョーマに、薫はかすかに微笑んだ。
すると今度はリョーマの顔が真っ赤になる。


「だ、大丈夫か?」


オロオロと彷徨う手をリョーマにしっかり握られ、大きな瞳で見つめられる。


「かおるちゃん、おれと結婚して!」
「……は?」


言っている意味が理解出来ず、硬直する。
真っ赤な頬と潤んだ瞳が更に近付いて、もう一度はっきり「結婚して」と言われた。


「む、むりだ。」


握られた手を振りほどいて、後ろに隠す。
ちらりとリョーマを見れば、酷く傷付いた顔をしている。


「おれのこと、きらい…?」
「いや、そうじゃなくて…」
「じゃあ、すき?」


まるで「拾ってください」と書かれた箱に入った子猫の様な不安そうな表情。
薫はそれを振り切るだけの非情さを持ち合わせていなかった。


「きらい、じゃないけど…、でも」
「じゃあいいよね!約束!」


無理矢理薫の小指と自分の小指を絡めてぶんぶん振った。


「えっと、ゆびきり…なんだっけ」
「…ゆびきりげんまん?」
「それ!絶対だからね!」


可愛らしい笑顔につい気が緩んで、顔が近付いたことに気付くのが遅れた。
目の前には大きな瞳。
その瞳に映った自分がすごく近くに見える。
何でだろう、と考えている間に唇に何かが触れて、ちゅ、と軽い音がした。


「………。」
「へへ…。キス、しちゃった」
「……、き、す…」


その単語の意味を、少ない引き出しから探し当てた。
途端に全身が赤く染まる。


「っお、お前、こういうことは、好きな人とするんだぞっ」
「好きだからしたんだよっ!かおるちゃんも、おれのこと好きだよね?」
「だ、だけど…」


モゴモゴと語尾を濁らせてバツが悪そうに視線を泳がせる。
だって、自分は────


--*--*--*--*--*--
時は流れ、海堂も中学生2年生。
あの時出会った少年はそれきり会っていない。
まさか彼も男とキスをしたなど夢にも思っていないだろう。
そんな昔のことをふいに思い出したのは、新入生のひとりがどことなく彼に似ていたからに他ならない。
いや、あの純粋無垢な少年とは似ても似つかない傍若無人ぶりだが。
その噂の新入生と、擦れ違う。


「男、だったんだね、薫ちゃん。」


擦れ違い様にぽつりと呟かれた。
驚いて振り向くと、先程まで張り付いていた嫌味ったらしい笑顔はなく、かわりにあの少年の可愛らしい笑顔がそこにあった。


「約束。指切りしたよね。」


小指を目の前に出されて、一言。


「結婚、しようね。お姫様」


そのまま少年の瞳に吸い込まれて、再び唇を重ね合った。


END
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ