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□拍手ログ
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拍手ログA
本来ならばただの役職でしかない呼び名が、唯ひとりの人間から発せられるだけで気分が落ち込んでしまう。
「部長。」
そう呼ばれて直ぐに反応出来ないのは当然だった。
まだ「部長」になって日が浅い。海堂の中で部長は手塚。
部長=自分とはすぐさま結び付かない。
「…ねぇ、部長。」
反応のない海堂に、呼んだ人物…越前は苛立った。
「あ、ああ。なんだ」
部誌に走らせていたペンを止め、越前をみる。
座っていたため自然と見上げる形となった。
「部長がこの前言ってた」
「………」
「…きいてる?部長」
「え?あ、ああ…」
越前が「部長」と言う度に自分ではなく手塚を呼んでいる様な気がして、気分が沈んでいく。
まるで、ここに自分の存在がないかの様な。
「やっぱり何かおかしいっスよ。体調でも悪いんスか?」
「…お前が、部長部長って言うから…」
越前は疑問符を浮かべている。
言わなければ良かった。
「部長は部長じゃないっスか。何怒ってんの?」
その通りだ。
今の部長は自分。
けれど、そう簡単に気持ちがついていかない。
名字でも何でも構わない。ただ手塚との差別化をしてくれれば、きっとここまで惨めにならないですむ。
「…俺は、部長、だけど…、海堂薫だ」
「それくらい知ってるけど」
「手塚部長じゃねえ、っだから、…」
何と繋げれば良いかわからず、目線を彷徨わす。
自分は越前に一体何を望んでいるのか。『部長』以外に何と呼ばせる気なのか。
そもそも、越前が自分を呼んでいる気がしないことが何故こんなにも苛立たせるのか。
考えが絡まってむしゃくしゃする。
「海堂、部長?」
「…………あ?」
「そう呼べばいい?」
言葉が耳から脳に伝わって理解するまで時間がかかった。
理解した途端、全身が熱くなる。
恐らく真っ赤であろう顔を見られたくなくて、顔を思い切り背けた。
「耳まで赤いっスけど…、大丈夫?」
「ばっ、違う!こっちを見るな!」
動揺を隠せない。
越前に呼ばれたことも、それによって自分のこの一連の感情に名前がついたことも。
これは、ただの。
「嫉妬なんて可愛いっスね。薫部長」
「違う!あと、名前、とか…、お前、この野郎…!」
何を言っても茹蛸の様な顔では肯定でしかない。
ただの役職でしかなかった呼び名。
それなのに唯ひとりの人間から発せられるだけで、今は────
END