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□拍手ログ
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拍手ログG

昼休みの図書室、というのは非常に居心地が良い。
暖かな日差し、遠くから聞こえる生徒達の声、静かに紙をめくる音、皆本に集中しているため、喧騒から切り取られた自分だけの世界だった。
海堂は借りていた本を数冊持ちカウンターへ向かい、ここ最近日課になりつつある、堂々と寝ている不良図書委員を揺り起こした。

「…おい」
「ん、…ん〜、かいどうせんぱい」
「毎回毎回寝てんじゃねえ、仕事しやがれ」
「…ちーっす」

渋々と手続きをしている越前をみれば、頬に寝跡はついているし、寝癖までついていた。カウンターに座るや否や、すぐに寝ていた事が窺える。
確かに昼寝にはちょうど良い環境ではあるが…、と渋い顔をしていると、少し困ったような越前と目が合った。

「先輩、これ、どこの棚に戻すんスか?」
「ああ?図書委員のくせにわからねえのか」
「興味ないし」

背表紙に番号がふってあるものの、その場所すら知らないという越前にほとほと呆れたが、後輩が困っているのを放っておくわけにもいかず、仕方なく案内する。
奥まった場所のそこは、堅い本ばかりからか、ひと気はない。
返却した本の何冊かは一番上の棚に入れるもので、越前がこちらを見ているが、手伝ってやる気はないという意思表示で一冊押し付け、持っててやるから早くしろと促した。

「けち」
「てめえの仕事だろ、渡すだけはしてやる」

唇を尖らせながら渋々と踏み台を使って本を戻す越前を見上げる。
ちょうどいつもの身長差が逆転したような新鮮な眺めに、しばらくその横顔を見つめていると、次の本を取るために手を伸ばす越前と目があった。妙に恥ずかしくなり、憎まれ口を叩きながら本を渡した。

「少しは場所覚えろ」
「やだ」
「お前な…」

ふ、と影がかかる。
寝ていたからかやけに暖かい越前の手が頬に添えられ、なんだ、と言う前に唇が重なった。
しんと静まる室内に、本来しないはずの濡れた音。
手にしていた本がばさりと落ちた。今は昼休みで、ここは図書室で、ああ、落とした本は傷んでないだろうか、そして今の物音で誰か来てしまわないだろうか、などと様々なことが目まぐるしく頭を過った。

ぱちりと瞬く越前のまつ毛が瞼を擽って、終わりを告げた。呼吸を整えるより先に怒鳴ろうとすれば人差し指で未だ濡れた唇を柔らかく押され、「しー、図書室っスよ」などと越前に至極真っ当なことを言われてしまい、唇をわなわなと震えさせるだけに終わってしまった。

「場所覚えたら、先輩とこーゆーのできないし」
「もう絶対手伝わねえ教えねえ…!」
「ちぇ」

小声で怒る海堂に向って、ざんねん、とそれでも笑う越前は、きっとまた海堂が手伝ってしまうのを知っている。
海堂もまた、自分が流され絆されてしまうのが容易に想像出来てしまい、なんとも複雑で悔しくなった。

落ちた本を拾い、埃をはたいて越前に渡す。伸ばしてきた越前の手を掴み、少しだけ背伸びをして意趣返しに唇をぶつけるようにして重ねた。

「ざまあみろ」
「ちょ、なんなの、信じらんない」

珍しく頬を赤くして狼狽えた様子の越前をみてスッと溜飲が下がったが、この行動を後悔するまでそう時間はかからなかった。


END
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