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□拍手ログ
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拍手ログH

登校時と下校時。よくもまあ毎日朝夕と飽きないものだと軽くため息をついて、越前は下駄箱から可愛らしい封筒を雑に掴んでカバンにしまい込んだ。外履きを引っつかんだところで、後ろから聞き馴染んだ三人組の声。

「あれ、リョーマくん、その手紙…」
「ぐちゃぐちゃだけど…」
「っかーー!せっかくのラブレターを!越前!デリカシーがないぞ!」
「…それは堀尾じゃないの」

堀尾はカバンから先ほどの封筒を取り出して越前の鼻先に突き出している。
そうだよやめなよ堀尾君、とカツオとカチローが応戦する。

「いーや、だめだね。越前は何にもわかってない!女子がどれだけの思いをこめてお前の下駄箱にいれたか…!」
「その思いをこめた手紙を人前にさらす方がどーかと思うけど」

う…と唸った堀尾から手紙を掴んで、また乱雑にカバンにつめた。

「こんなの迷惑なだけだし。」

目立つように、他人を牽制するように、ただただ思いを押し付けるだけの自分勝手な手紙に揺らぐことはない。それでもその場で捨てないのは、自分にも想う人がいるから。きっとその人はそんなことをしたら怒る。そして、自分だって彼に、海堂薫に、想うことすら踏みにじられたら。

そこまで考えて、海堂はそんなことをしないし、自分はまだ告げる勇気すら持っていないのに、とぐしゃぐしゃになった手紙を取り出し、シワを伸ばした。
そして、顔も知らない彼女達に少しだけ申し訳ない気持ちになった。


部活後、越前は海堂に直球で「一緒に帰りません?」と素知らぬ顔で言ったが、自主練がある、と断られた。が、そんなことで諦めるわけがない。
海堂の自主練が終わる頃を見計らい、忘れ物をした、と部室に戻ることにした。

軽く声をかけて部室を開けると、海堂が訝しげにこちらに視線をむけた。

「なんだ、どうした」
「忘れ物しただけっス」

ふん、と鼻を鳴らしてタオルで汗をふく海堂を、越前はこっそり盗み見た。ただの「からかいがいのあるセンパイ」だったのに。
汗で張り付くタンクトップを脱いだ海堂に、越前は「忘れ物を探すフリ」など頭から飛び、いよいよ釘付けだった。

「…なにジロジロみてやがる、見つかったのか」
「え、いや、まだ…ス」

しまった、見過ぎた。歯切れ悪く答え、ロッカーを漁り「どこだろ…」などと白々しく探す。
ないみたいだから、一緒に帰りませんか、と切り出そうと海堂を見れば、手にしているのは、ぐしゃぐしゃになった、あの。

「もしかして、これか?」

ベンチの下に落ちてたぞ、と「越前リョーマさま」と可愛らしい文字で書かれた封筒を持っていた。
知らず知らずのうちに落ちていたのだろうか。

「…いや、それ、じゃない…と思いマス…」
「なんだそれ、…こういうのは大事にしろ」

眉間にシワを寄せたかと思えば、見つかったならさっさと帰れ、と促された。テキパキと身支度を済ませる海堂をぼんやり見ていたら、またキツく睨まれた。

「さっさと帰れ」

なんでそんなに。ぐしゃぐしゃにしていたからだろうか。

「何怒ってるんスか」
「別に怒ってねえよ」
「怒ってるじゃん…」

鞄を肩にかけ、扉に手をかける海堂は「てめえが帰らねえと鍵かけられねえだろうが」と苛立ちを隠さずに言った。


部室を後にし、校門をくぐり、路地に出て。
ピリピリしている海堂の後をついていく。

「いつまでついてくる気だ」

こうして一緒に帰るのははじめてではない。いつも海堂は遠回りになる越前の家の前を通ってわざわざ送ってくれていた。年下扱いされるのは悔しかったが、それよりもその優しさがくすぐったかった。
しかし今はまっすぐ海堂の家へ帰るらしい。

「一緒に帰りたいっス」

突っかかっても更に怒らせるだけだと踏んだ越前は素直に告げた。
舌打ちをした海堂は少し俯いてから、小さく「わかった」とだけ呟き、いつもの遠回りになる道へ足を向けた。
義務感と罪悪感からだろう、根が優しく真面目な海堂につけ込むようだが、それでも嬉しい。

普段から会話があるわけではない。ぽつりぽつりと今日の出来事を話すくらいだが、沈黙は苦にならなかった。
しかし今日はその沈黙が痛い。
海堂の怒る理由など、先程の手紙しかない。

「…海堂先輩、さっきの」

歩く速度が緩やかになり、立ち止まり越前を見据えてくる。
妙に緊張して、じっとりと手に汗をかいている。

「ぐしゃぐしゃ、にしたから、怒ってるんスか」

ふ、と視線を外された。間違えだったのだろうか。
海堂はばつが悪そうに唇を噛んだり、何か言葉を探して開くそぶりを見せている。

「言ってくれなきゃわかんないっス」
「…悪い、お前のせいじゃねえ」

悪かった、と頭に手をポン、と置かれ少し乱暴にかき混ぜられた。
不器用だが優しい手のひらから感じる温度に、じわじわと心が温かくなっていく。
やっぱり、この人が好きだ。

「…海堂先輩、オレ「好きだ」」

「え……」

幻聴だろうか。なんて都合のいい。
まさか海堂が、そんなはずはない。


「越前、お前が好きだ」


真っ直ぐに見つめられて、海堂の瞳に映る惚けた自分の顔がわかった。

「…悪い、ただの嫉妬だ。クソ、カッコ悪い…」

視線を外して舌打ちをしているその頬は赤い。
海堂はそんなに器用な嘘はつけないし、そもそも人を騙す様な嘘はつかない。そのはずだ。じゃあこれは、今のこの現状は。

「…やっぱり気持ち悪いか」
「いや、そうじゃなくて、えっ、マジっスか」

気まずそうに此方を窺う海堂に、あらぬ誤解を懸命に解く。
気持ち悪いなんてそんなはずはない。

海堂先輩が、オレを、好き

「オレ、オレも、海堂先輩が好きっス!」
「気を使わなくていいぞ」
「そうじゃなくて!あーもう!」

伝わらないのがもどかしい。こんなに一日に何度も緊張したのは初めてだ。
海堂の襟を掴んで、引き寄せた。
越前の唇が海堂の顎に当たった。格好悪い。こんなのらしくない。人の気持ちを乱雑に扱った罰が当たったのか。

「な、なんだ今のは」
「キス、したいっス」

目を丸くした海堂が瞬間的に顔を真っ赤にして、辺りをキョロキョロと見回した。
それを了承と受け取って、襟を引っ張り、伸びた影が重なった。
目一杯背伸びをして、海堂は屈んでいて、歯もかちりと当たって痛い。
それでも触れた唇から少しでも伝わればいい。


END
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