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□拍手ログ
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拍手ログ11
がり、と甘くカラフルな飴玉は、少し歯を立てればあっという間に砕けてしまい、それを少し勿体無いと思いつつ、我慢ができなくて、訝しげにこちらを睨む彼に、もうひとつ、と手を出した。


「てめえはもう少し味わうとかできねえのか」
「なんか我慢できなくて」

意外にも海堂は飴を噛み砕くことはなく、同じタイミングで食べ始めたにも拘らずまだ舌で転がしているようだった。
キャンディポットに詰められた色とりどりのそれは、シンプルな海堂の部屋に似つかわしくなく、じっと見つめていれば「母さんが用意した」と顔を赤くして俯いた。


「それ、いいっスね」

それ、とポットを指差せば海堂は赤い顔はそのままに不機嫌そうに眉を寄せた。


「バカにしてんのか」
「被害モーソー酷すぎ…。いいじゃないっスか、オレもそういうの欲しいっス」

ふん、と染まる頬を誤魔化すように飴の包みを剥がして、口に放り込まれた。

「言っておくが、キャンディポットに最初から飴は入ってねえからな」
「そっちこそバカにしてるじゃないっスか」


甘く、宝石のように色とりどりで美しく、繊細で、歯を立てればすぐに砕けてしまう。
それを硝子の檻に閉じ込めて、みていられて、好きなときに出して、味わえる。
とても魅力的だった。

思わずまた噛み砕く。
今度こそ海堂は、越前に詰め寄って「言ったそばから噛むな」と怒っている。
まあまあ、といなしつつ勝手知ったると言わんばかりにポットの蓋を開けて飴をまたひとつ口に入れた。
じわりと広がる甘さと香りに、少し満たされた気になる。
近い距離にある海堂の顔をまじまじと眺める。頬も、唇も、瞳も、それぞれ違った色。色の名前には詳しくない。けれど、きっとどの色にも当てはまらない色彩だと思う。
とても甘そうで、触れたら壊してしまいそうで。誰にも知られず閉じ込めて、ひっそり味わえたら。
壮大で甘美で現実味のない、到底叶わない夢物語だ。
ぎちぎちと口内の飴を歯に挟んで力を入れていく。
ついにはまた砕けて甘味が広がるが、なくなっていくそれに、先程感じた充足感は急速に冷めていって、またほしくなる。


「てめえは本当に…!」
「いいじゃないっスか、飴くらいどう食べたって…」


先輩は噛んだくらいで壊れないでしょ、と言えばきょとんと目を丸くする。
その瞳を見て、ぐ、と歯に力を入れるが、そう言えば飴は先ほど噛み砕いてしまった。
それなら、と、強いて言えばキャンディポットより近かったから、という自分勝手な理由で海堂ににじり寄る。
越前の影がかかったその顔は、ひどく困惑に満ちた表情で、口内に唾液が広がる。
ああそう言えば、とまだ言っていなかった言葉を口にする。


「いただきます」


引きつった瞳が閉じ切るまえに水を含ませた睫毛をなぞり、驚愕に見開いたつるりとした表面に舌を這わせた。
じわりと滲む塩辛いはずのそれは、けれど何よりも甘くて、味わったことのない多幸感でいっぱいになる。
涙で潤んだそこに歪に映る越前が、恍惚とした笑みを浮かべて、柔らかな唇に噛み付くべく犬歯を覗かせていた。

end
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