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□拍手ログ
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拍手ログD


「あ。」
「げ…」


部活もない休日の町中。
海堂と越前はばったりと出くわした。
越前は一瞬驚いたように目を円くしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「珍しーっスね」
「俺が買い物に来たらおかしいか」
「別に。」


特に話すこともなくその場を立ち去ろうとするが、越前に腕を掴まれてしまった。
軽く舌打ちをして小さく何か用かと問うが、ニヤニヤ笑っているだけだ。


「何なんだよ。離せコラ」
「オレ腹減ってるんスよね。」
「そうかよ、俺は腹いっぱいだ」
「可愛い後輩に、ハンバーガーおごったりとかないんスか」
「誰が可愛いんだ、誰が」
「オレ?」


諦めたように溜め息を吐いて、海堂は渋々了承した。
ハンバーガーショップにズルズルと連れて行かれ、先に席を取りに行っていると言い残し越前は二階へとあがっていった。
普段はまったくといっていいほど縁のない店に戸惑った。しかし何とか越前が食べたいと言っていたセットを頼むことが出来た。
海堂の分はオレンジジュースのみだ。


トレイを受け取り、階段を登る。辺りを見渡して越前を見つけ、歩み寄る。しかしそこに見知らぬ女子が2名いることに気付き足を止めた。
いつもみかける2人組とは違うようで、越前と女子は知り合いなのか判断しかねる微妙な距離感を取っている。


「…あ、あの!リョーマくん、こんにちは!」
「わたしたち、同じクラスなんだけど…」
「……あ、そ」


会話の聞こえる距離にいた海堂は、立ち聞きのようになってしまい申し訳なくなった。しかし目的地はその場所なのでどうすることも出来ず、とりあえず手近な空いている席に座る。


それにしても、越前の対応が冷たい。クールで生意気な部活の越前しか知らない海堂は意外な一面を垣間見た気がした。


「り、リョーマくんって、ファンタいつも飲んでるよね!好きなの?」
「…まあ」
「食べ物で好きなものとかある…?」
「……茶碗蒸し。」
「!そ、そうなんだ!今度、調理実習茶碗蒸しだよね、あの、もし良かったら…」


わたしの作ったの食べて、と頬を赤らめた女子が言い切る前に、越前は口を挟んだ。


「いらない。あんたたちが作るの、まずそう」


手持ち無沙汰で仕方なくオレンジジュースを飲んでいた海堂は噎せた。
何だあの言い草は。咳込みながら席を立ち越前の元へ急ぐ。
女子達は真っ赤な顔で泣きそうになっていた。
「おい、越前!」
「先輩」


嬉しそうに微笑む越前に平手打ちをしたくなったが、それよりも彼女達が気掛かりだ。折角勇気を出して話しかけたというのに一刀両断だったのだ。
チラリと伺えば、片方は堪えきれず泣いてしまっていた。


「先輩、遅いっス」
「そうじゃねえ、てめぇ謝れ!」
「は?先輩に?何で?むしろ先輩が謝るほうじゃないっスか」


まるで越前の脳内、眼中、すべてに彼女達は入っていないかのような態度に、ついには彼女達は走りさってしまった。


「おい、越前、追いかけろ!」
「あいつらを?何で?」


スッと細めた冷えた瞳に、海堂の身体が竦む。
海堂や、彼女達のほうが間違えているのだと思ってしまうほど迷いのない、しかし澱んだ瞳だった。


「なんで、て、お前…」
「…いいよ、先輩に免じて、今度謝ってあげる」


立場がおかしいような気もしたが、有無を言わさない瞳に反論することができなかった。
しかしガサガサとハンバーガーの包みを開けて頬張る越前は、いつも通りで少し安堵した。

ポテトを一本手に取り、越前がそう言えばと切り出す。


「先輩って、料理上手なんスよね」
「別にうまくねえ。出来るってだけだ」
「ふーん。茶碗蒸しとか作れる?」


茶碗蒸し、という単語に先程のコトがフラッシュバックして嫌な汗が出る。
何を言われるのだろうか。


「…まあ、レシピみれば」
「へえ。じゃあ今度作ってほしいっス」
「…………………は?」


別次元はたまた別惑星の言葉でもきいているのだろうか。そう思うほど海堂は困惑した。
先程の彼女達をあれだけ冷たく突き放したというのに、海堂には願い出るとはどういうことか。


「お前、作って欲しかったらさっきの子達に…」
「…何?」


作ってもらえ、とは言えなかった。段々と越前の瞳が冷えていくのがわかったからだ。
気まずさを感じ俯いて、すっかり氷が溶け薄まったジュースを飲む。


「オレは、海堂先輩の作った茶碗蒸しがいいっス。他はいらない。海堂先輩がいい。海堂先輩だけほしい。海堂先輩だけ。」


冷や汗が吹き出る。何となく顔をあげてはいけない気がして、薄まったジュースを飲み切ってしまっても、ストローを咥えたまま動けない。

何故なら、視界の端に映る、海堂と同じくらい汗をかいたコップを愛しそうになぞっている越前の手元をみてしまったから。


END
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