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□歯磨き粉で口喧嘩
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人間誰しも大なり小なり少なからずこだわりというものがある。
それが自分の世界にとどまっているうちはまだいい。しかし他人と同じ家に住んでいてそれを押し通すのは、中々考えものだ。


「これじゃねえ…」
「は?」
「いつもの、て言っただろ。これじゃねえ」
「変わんないっスけど…」


越前リョーマは今、同居人である海堂薫に文句をつけられている。
理由は、歯磨き粉。
海堂は、越前にはよくわからない歯磨き粉に対するこだわりがあるようだった。


「あれとは違うだろ、社名からして違う」
「いや、歯磨き粉なんてどれも同じじゃないっスか」


わざわざ帰宅途中に閉店間際の薬局に駆け込んで買ってきたというのに、これじゃないふざけんな、と文句をつけられる現状の理不尽さといったらない。


「同じじゃねえ、顆粒も味も全然違うだろ」
「何スかそれ…あーもう面倒臭い…!」


売り言葉に買い言葉、ついには一言も話さないまま食事も風呂も済ませてしまった。長年一緒にいて、喧嘩したときは口を噤むという暗黙の了解があった。下手に口を出せば負けず嫌いなふたりが引くはずもないからだ。時間が気分を浮上させるのを待つことが最善策といえた。


しかしそれでももちろんお互い納得いかないのでブスッとした顔と態度は隠さない。


件の歯磨き粉で、海堂が歯を磨く。喧嘩をしているときくらい離れればいいものを、お互い洗面所に並んで磨いている。


「ちょっとそっち寄って」
「てめぇが寄れ」
「なんスかまだ怒ってんスか」
「怒ってねえよ!」
「…怒ってるじゃないスか」


更に険悪なムードになってしまい、越前は呆れたように溜め息をついた。
越前もすぐに感情的になるが根に持つほうでもないし、怒りが持続するわけでもない。
正直もうどうでも良かった。しかしそう言うと更にこじれるので言わないが、とにかく帰って来たのだから抱き付きたいしキスしたい。


うがいをし終わった海堂と鏡越しに目が合うが、思い切り睨まれた。


「後味が悪い」


それは歯磨き粉なのか、はたまた越前との口喧嘩のことなのか。
吐き捨てるように言われそのまま立ち去ろうとする海堂の腕を掴んだ。突然の行動に目を瞬かせている間に、ミント味の唇を合わせた。


「オレとのキスも、いつもと違う味?」
「は、!?何意味分かんねえこと…っ!」


赤い顔で慌てふためく海堂は、いつまでたっても可愛いものだと越前は心中で笑った。
唇を隠すように覆っている腕を恭しくとって指先にキスをする。キザったらしい行為に赤い顔はそのままに閉口する海堂も、越前は好きだった。


「歯磨き粉も口喧嘩も、後味がわからなくなるくらいオレとキスすればいいんじゃないスか?」
「はあ!?」


軽く唇を合わせれば、海堂はしばらく視線を彷徨わせていたが観念したように目を伏せた。


仲直りはミント味!


END

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