テキスト

□ぷれぜんとふぉーゆー!
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爽やかで穏やかな天候。
今日は海堂の誕生日だ。家で家族が祝ってくれると言っていたので早く帰ろう。そう決めていたのに、ついつい練習に没頭し、最後まで部室に残ってしまった。
部長の務めも中々雑務が多く、まだ日誌も残っていた。桃城にでも頼めば良かっただろうか、
そう思ったが奴の字を思い浮かべ、首を横に振った。
まだ汗は引かなかったため、着替えよりまず日誌に取り掛かる。静かな部室にボールペンの走る音が響く。
すると唐突に部室のドアが開く。
誰だ、と顔を上げれば越前だった。


「海堂先輩、今日誕生日なんスね。」

開口一番にそう言った越前の顔は、新しいオモチャを見つけた猫のようだった。


ぐ、と拳を握り唇を噛み締めて海堂は越前を睨んだ。
ただ越前を喜ばせるだけなのは知っていた。


「知らなかったっス。誕生日早いんスね。教えてくれたら去年だって祝ったのに」


嘘つけ、と口が乾いて音に出来ない言葉をはくはくと紡ぐ。

海堂は越前が好きだった。
否、現在進行で好きだ。
そんな気持ちを越前は知ったうえで、弄ぶ。
告白すらしていない、する気もなかった、大切にしていた恋は、恋する相手にずたずたにされている。
今だってニヤニヤとしてまるで祝う気などない。


「ねえ、黙ってないで何か言ったら?」
「…うるせえ」


それでも海堂は、こんな相手でも尚好きでいる。
自分はどこかおかしいのかもしれない、という自覚はある。


楽しそうに越前が近寄り腕を掴んできた。
顔が赤くなる。反射だ、だから勘弁してほしい。見なかったことにしてくれ。そんな期待を壊すように、越前は頬に触れる。


「顔赤いっスよ。オレに触られて嬉しいとか?」
「…んな訳あるか!」


反応が遅れ、声が震える。その手を振り払えない。こんなしおらしい自分など、吐き気すらする。
気付くと後ろは壁だ。知らず知らず気圧されて後退していたようだった。
殊更強く唇を噛んだ。どんなにからかわれても好きではあるが、プライドまで捨てたわけではない。
越前はそんな海堂に満足したのか、手を頬から離した。その手を視線で追う自分の女々しさに気付き、舌打ちする。
越前はからかうように耳元に唇を寄せ、わざと息がかかるように喋る。

「誕生日、オメデトーゴザイマス。ねえ、プレゼントにさ、キス、してあげましょうか?」
「は……」


越前との身長差はだいぶ縮んだため、容易く首に両腕を回してくる。
その距離の近さに漸く頭が先ほどの言葉を理解した。
透明感溢れる瞳が、残酷な笑みをたたえて歪んでいる。
ああ、またからかわれている、わかってはいても、熱は上がるし顔が近すぎて視線が定まらない。


「…ねえ、オレのこと、好き?」


今更そんなことをわざわざ確認してくる越前は本当に良い性格をしている。しかも耳元で囁かれて、海堂はもう倒れてしまいそうだった。羞恥で死ねる、と本気で思う程度だ。
ねえ、と答えを催促してくる越前から早く解放されたくて、プライドをかなぐり捨てて小さく頷いた。
何故こんなやつ、と睨んだが、嬉しそうに微笑まれ、唇を啄まれた。
ちゅ、と唇が離れる音で事態を把握したが、理解は出来なかった。


「は……?」
「プレゼント。」


やけに機嫌の良い声色で越前はするりと離れ、去り際に「オレもっスよ」と言い残し、部室を後にした。

情けないことに腰の抜けた海堂が正気に戻り帰路へついたのは、これから一時間後のことだった。



END

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