いち
□深層に隠れた傷を洗うのは
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早く去るべきだった。
後悔は確かに先立つ事はなく、座る半蔵に跨るように仁王立ちする大柄な忍びを見上げて半蔵は心の中で舌打ちした。
赤毛が風に揺れ大きな口はゆるりと弧を描き、蒼い瞳がこちらを見下ろす。
「こんな時間に、こんな場所で、気配も消さずに何をしている。」
よりにもよってこの狼に見つかるとは、運が悪かった。
「貴様に用はない、去れ。」
冷たく言うと半蔵はその狼にどけと目で訴える。
背中は木、目の前には大柄な体、半蔵は自ら動くことができない。
「うぬが我と戯れるなら考えよう。」
相変わらずの飄々とした態度で風の様に軽く笑い狼が吠える。
「馬鹿を…」
言って頭上の空間から去ろうと身を翻したが、それは叶わなかった。
強い力で木の根元に叩きつけられ、先日受けた脇腹の差し傷にぐぅと苦痛の声が出た。
「離せ…」
「この状況は、嫌だと言うことだよ半蔵。」
嘲るような視線に苛立ち碧眼をじっと見つめた。
「どうした?…今日はうぬの感情がありありと見えて面白い。」
こんな日に遭いたくなかった、というより常に遭いたくなかった。
いつもいつもいつもこの狼は関わろうとしてくる。それ
も常より煩わしい時に。
「どけ、」
あまり気の長い方ではないので半蔵は自身を抑える狼の腕を払おうとしたが、力がうまく入らない。
しまった、と思った時にはもう遅かった。