いち

□深層に隠れた傷を洗うのは
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「くくくっ、我の術にも気付かなんだ、うぬは今日はいつも以上におかしいぞ。」


眼を見た時だろうか、四肢に力が入らず呼吸の為の筋もうまく動いてくれない様だった。
冷めたはずの体がまた熱くなっていく。


「扇情的だな、」

お前がしたことだろうと思ったがうまく言葉を紡げなかった。

「水面に沈むうぬを見て思ったのだが…」

見ていたのか、

「何を喪った?」

とくんと心臓が跳ねるのを感じた、あの雨の夜が鮮明に思い出されて吐き気が襲う。

この狼は何をしたいのか分からない。
目的は無いのかも知れない、名の通り自身で言ったとおりただの戯れ言なのだろう。

それに付き合わされる、半蔵にとってこの上ない不快だった。

「どうした?もう口はきけるだろう、」

にやにやと笑みを浮かべて唄うように紡がれる言葉、不愉快さが募っていく。

「気付いていないようだから教えてやろう、…うぬは酷く乱れているぞ。
くっくっ、」

ましてや自身の弱さをまざまざと見せつけられるような状況にざわざわと心が乱されるのを感じた。

聞いてはいけない、と分かっていても半蔵はすでに小太郎の術の中。
脳髄に直接響くその声に導かれるようにはまっていく


「たまには心情を誰かに吐露すればよい、楽になれるぞ。」

だとしても貴様にはない、と半蔵は心の中で呟いたがそれは読まれてしまった。

「冷たいな、」

スッと目が細められ射るような眼差しを向けられる。
半蔵はもう視点を合わすのでやっとだった。自身の拍動がうるさくて暑さに気が狂いそうだ。

早くこの術から抜けなければ、そればかりが頭を巡り焦っていた。

「くくっ、ういやつめ。そんなに逃げると追って食い散らかしてやりたくなる。」


嗜虐の色を湛えた蒼い瞳に自身の酷い顔が映り、またちりちりと怒りに火が着いた。




「…や、めろ……っ」


「熱くて苦しいのだろう?我が冷ましてやろうと言うのだ、大人しくしろ。」

熱くなった半蔵の体にひんやりと湿った狼の舌が這う。
ぬめぬめと体を這うその物体に酷い嫌悪を抱いて眉をしかめるが、荒らぐ息は止められず。

「官能的だな、」

狼の嗜虐を刺激するばかりで役に立たない。

「苦しいのは、カラダか?心か?」

忍びとして躾られたその身は、忌々しい狼の愛撫で頂上へ昇ろうとしていく。

よりにもよってこの男に…

悔しさと、己の未熟さと浅ましさに酷い目眩がした。


「案
ずるな、よくしてやるぞ」


心の伴わないその行為にも体は素直に反応して、腰の辺りがずんずんと重く甘く痺れていく。


「案ずるな、うぬも只の人の子で、只の男だ。」

くつくつと喉の奥で笑いながら、
首をもたげはじめた半蔵のそれに手をかけた。

冷たさにひゅっと息を飲んだが、ゆるゆると上下に擦られてすぐにそれは快感に変わった。

はぁはぁと息が荒い。このまま息が出来なくなるのではないか…

酸素が足りないのか脳髄も甘く白く痺れていく。

曖昧になった意識の中、父上が立っていた。
唯一無二の主を何があっても守れと言った父は、唯一無二の主を…


「…っ、あぁ…っ」


追憶の途中で痛みに現実に引き戻される。
首筋に走ったそれはギリギリと電気のように半蔵の体を駆けた。
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