□ささくれ
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とある家に独りの家臣が居た。
その家はもう本当の主を失い、すでに家としての機能は崩壊していた。

そんな家に仕えていたであろう独りの男はいとも簡単に嘗ての家を捨て、新たな家へと帰順した。


それは強大な力だとか、新たな家の主への忠誠だとか、己の保身の為だと思っていたが、その実は違っていたのだ。


彼の男が求めるものはもう二度と手には届かない。

触れることも見ることも感じることもできない。

その喪失はきっと絶望というものに限りなく近しくて、何かを犠牲にしなければ精神を保つことは出来なくて。

それでも生きることを強いられ選んだ、それはきっと死よりも残酷で地獄に近いのだろう。


止まらない時の歯車は、人間の逡巡や戸惑いや躊躇いの納得いく答えが出るまでは決して待ってはくれない。

時代の濁流の中で、せめてもがくことしかできないのだ。


 
絶望の果ては、純粋なまでの破壊が待っていた。

無こそが全て、だから形あるうちに愛でておかなければね。


彼の男が笑みを象る。


燃える炎のなんと悲しいことか。
そんな男に或いは一片の救いを求めていたのかもしれない。


 
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