□奪還
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「…松永っ!」


「おや、卿か。」


滝の流れ落ちる音は宵闇の静寂に響くがそれを乱すことはなく、
落ちる水の飛沫は霧となり肌を舐めてゆく。

実に快い感覚。

「この時間を邪魔するとは…卿も無粋な真似をしてくれる。」


背中に矢のような視線を浴びせる男には目もくれず、月光を浴びて煌めく水を眺めていた。

その視線もまた、実に快い。

「………あんた、本気でそんな事…」


にやりと
思わず口元が歪むのを感じながら、目を瞑り空気を吸った。
冷たい空気は高まる高揚を押さえつけてくれる。

「どうした?
今日は、甘露のような睦言を私に寄越してはくれないのかね。」


「………………………」


その無言は如何なる言葉よりその男の心理を物語っていた。

ゆっくりと振り返る。

対峙する男の顔は、とても形容しがたいものだった。

怒りとも悲しみとも困惑とも焦燥ともとれるその表情、酷く心地よい。


「なんて顔だね。いつもの笑顔を見せてはくれないのか?」


「……………」


甘い声色で言えば、さらに青年に広がる困惑の表情。
それでも真っ直ぐ見つめてくる瞳は、まだ救いを求めているのだろうか。

 
「どうした?先ほどから、卿は少しおかしい」


「思い出したんだっ…」

低い男の声を遮るように、少し若い男が言葉を発した。
ふわり
細められる瞳と弧を描く口元、それは喜びとも哀しみともとれた。

「良いことでは無いようだな。」

「……………」

「いや、見聞を変えれば…或いは吉報かもしれない。」


ゆっくり紡がれるのは悟ったような男の思想、若い男は現実を受け入れられずただただ自分より上回る年の男の笑顔のような顔を見つめた。
その表情の真意を知りたくて。


「知ってたの?」


それはなんとも稚拙な問い、
思い出した時雷に撃たれたように飛び出した。
今はその勢いは殺がれ相手の空気に飲み込まれているのが解る。

「……………」

無言の微笑みは彼の応えを言葉よりも確実に物語る。

「…なんでっ………」

「知らないふりをしていたのかと?」

息苦しそうな男の代わりに言ってやれば、目を丸くして此方を射抜く目線。

「それとも、卿の友にした事の方か?」


「ほんと、最低だ…」


何が、というのは自分でも分からない。
色々な感情がない交ぜになって、心はざわざわと荒立っていた。



 
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