□探求
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刀と銃と、遠くの敵も近くの敵も余さず殺さんと振るえば面白い程に敵は倒れゆく。

右手に伝うのは血肉骨肉を斬る鈍く重い感触、左手に伝うは銃の放つ衝撃と痺れ。
右手に懺悔を左手には修羅を。

硝煙の香りを嗅いで焼け野と化した大地を見渡した。
酷く乾いている。

遠くに揺れる白髪は大きな鎌を振り回し命を狩っているところだった。

「いや、苛烈、苛烈。」

ふと背後より声がして振り返れば全身を朱に染め上げた男が立っていた。
右手に握られた剣からは同じく赤い液体がぽたぽたと滴っている。
金に輝く瞳は昔見た南蛮の獣によく似ている。

「身を朱に染め、何ぞ言う。」

「先ほどまで女、子どもが笑い穏やかな町であったのに。もうこの地はまっ更だ。卿は本当に容赦ないのだな。」

ゆっくりと正しく刻まれる歩は武士というより公家の様で、銃と刀を操る男は不快を露わにした。

「容赦ならば先に掛けた。二度の容赦を無碍にし、灼かれるを望んだはこの者どもぞ。」

「ほう、仏の顔もなんとやら、か。」


尾張のうつけと呼ばれた少年は、今やその類い希なる武力と信念と非道さで天下を統べんとしていた。
この町も運悪く信長の進行の先にあり、
下れば命は助けんとする信長からの申し出を二度拒否していたのだ。
安寧を享受する生活は一変、地獄絵図を現世に再現した形と成り果てた。

「愚かなり。」


一言告げて焦土を見渡した男の眼差しは、もう其処を見てはいないようだった。

「引きずらぬのは、己を守るため、か。」

血塗れの男から放たれた言の葉を受け止めて、灰がかった瞳を向ければその男はやんわりと笑んだ。
その笑みが何であるかを信長は知っている。

その男は堕ちた三好家から離れて織田に舞い降りた梟。
酷く気紛れで、ひねくれで、残酷な男。
しかし時に風情を愛し茶器を愛でその観察力と洞察力、流されぬ性格にこの乱世で使えると踏んだのだ。
謀反など覚悟の上、いざという時は切り落とすつもりだった。

「卿はいつも、何も遺さないな。」

「無に帰すことに意味がある。」

「そうか。」

昔どこかで全く真逆の人物と共に過ごしていた気がした。
反する者を生かし、生かさずとも遺留し、最期まで“人”を殺すことが出来なかった男。


「思想の本山は一つで事足りる。」

魔王と怖れられるこの男は、実は一番人間の本質に近いと久秀は感じていた。

 
己を守るために、己に反するものは根絶やしにする。
それは生物が持つ、生への根本であり本能である。
それをみな『理性』という欺瞞で塗り固め雁字搦めに囚われる。

「卿は実に強欲だな。」

何時だって離反の旗を上げる準備は出来ていた。
三好家を離れ、実に自由になった。元々大きな家に仕えるという事に不向きだったのだろうと思う。

別に天下を統べたい訳でもなかったが、織田信長という男から家臣へならぬかと誘われた。
誘われたと言うよりは死ぬか生きるかを選べという宣告を告げられた。

別段この世に未練も無かったが、織田と戦う事に意味も見いだせず時代の流れに身を任せまた戦禍に身を埋める事になったのだ。

「貴様は予に逆らうものどもを駆逐すれば良し。無用なことは考えるな。」

(あの白髪にもそう告げたのだろうな。)

「承知。せいぜい殺されないように気を付けたまえ。」

ただ警告のつもりだったが、意外にも信長は反応を示した。
久秀の眉間にあてがわれたのは銃口、自分でも知れず口が弧を描く。

「口に気を付けい。」

「おや、自覚があったのかね。気付いていなければ不憫だと思ってな。」

そよぐ風は燃えた大気の熱さと、
流れた血の匂いを色濃く纏い肺に滑り込んだ。

「私を撃つのはその血の通わぬ鉛玉か。」

「……………戯けが。」

銃口を向けても変わらぬ態度に、この男に脅しは無効と悟り信長はそれを下ろした。

対峙する二人の男は主従と呼ぶには不似合いである。

「もうよい。それと、」
「三好に思いを巡らせるのは辞めよ。目障りぞ。」

「はて、何時三好などでてきましたかな?」

久秀は何故か疼いた左腕の肉の痛みには気づかぬ振りをして信長を睨み続けた。

「死して尚、その柔糸で羽を絡める者、か。」


そんな梟を見て魔王は心のうちで静かに笑った。
地を這う梟のなんと滑稽な事。

「戻りましょう。」

何時の間にか傍に居た白髪の男の声に魔王と梟は互いににらみ合うことを止めた。

「もう流せる血はありません。」

ゆらりと動く男の顔は殺戮の余韻からか恍惚に酔っている。
美しい髪は血で固まっていた。
一瞬、久秀を見たその男の眼は久秀を獲物と捉えた様だったが直ぐに魔王の声でそれは隠された。

「よくやった。褒美をつかわす。」

「要りません。ご褒美なら、もう沢山戴きましたから。」

白い男の手には先ほど斬り裂いたのであろう人間の頭が掴まれていた。



‐終‐
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