三千世界の烏とともに

□あなたの心を教えてよ。
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ねえ若、若の心が知りたいんだ。

昔から快活な人だった。黄金の眸と白銀の髪と、逞しい体躯と強い魂。彼の全てが眩しくて、憧憬を抱いた。
自分達の産まれた土地は酷く乾いた土地で、太陽の日差しは強くその配下を焼いた。
そんな陽射しを浴びれば浴びるほど従兄はきらびやかに見えた。

「岱、どうした?」

声を掛けられて、ふと現実に戻る。
目の前には頬を膨らませて食事をする従兄の姿。綺麗な顔をしているのに、仕草はじつに男臭い。馬岱は彼の従弟、彼のたった一人残った肉親。
そんな所作をする従兄を馬岱は勿体ないとは思わない。彼が彼らしく居られることがこの乱世での唯一の願いだから。

「いや、何でもないよ。若、鼻にご飯粒付いてる。」

ぴんと指を指せば目を中央に寄せて、滑稽な顔になる。自覚しているのかいないのか、馬岱は思わず笑ってしまった。

「お前も食え!腹が減れば戦どころではなくなるぞ。」

そんな馬岱にも食事をすすめながらも、彼の箸は止まることはなく用意された食事は瞬く間に減っていく。

「はいはい、いただきます。」

馬岱が箸を握った時にはもう、主菜は半分の量を下回るところだった。

「時に岱、」

馬岱は、まだ残った、野菜と肉の炒めの野菜をちまりちまりと拾って食べていた。肉は従兄がほぼ平らげてしまったから。

「若、野菜も食べなきゃ。なに?」

小言のように言いながらも、岱はそんな彼が好きだった。自分の前でだけは素直な彼に優越感を覚えたのは、無理からぬこと。

「慣れたか?」

胡麻の油のかんばせが鼻を突き抜ける。こんな贅沢な食事をできるようになったのも、この国に身を寄せることができるようになったから。

「慣れたよ、若は?」

自分は比較的他人に馴染むのがうまいと思う。それに反して従兄は、人見知りが激しい。
口下手で、大きな体に強い眼差し、そこに居るだけで威圧感を与えるのだ。もともとの性格に加えてあの日から、若い当主はその心に孤独を刻み付けていた。
摘まんだ人参を口に運んで咀嚼して、できるだけ優しく笑んで問いを返した。

「うむ、慣れたなら良いのだ。お前には、無理をさせどうしだったからな。」

問いに対する返答はなかった。
強い眼差しが馬岱を射抜いて、その目は遠い故郷を思い出させる。
いつも、自分の事は後回し。そして人の話しは聞かない。自分の思いを曲げない強情さ。そのせいで一族がたった二人になり、仲間だったものに恨まれもしている。
それを彼も理解しているようだが。
自分の父は彼を愚かだと言い、自分を次期当主にと言った。
しかし自分は、それを望まなかった。

幼い頃から憧れてやまない、馬家の血筋を色濃く継ぐ彼。
その魂はもとより孤独に溺れていたことを、知っていた。知らぬふりをして、笑いかけ甘やかしてくれる彼にすがったのは自分だ。

「無理なんてしてないよ。」

もちろん嘘だ。
殲滅せんと追ってくる敵に殺されかけもした。不要な殺生もした。自分が人であることを否定したときもあった。
それはすべて生きるため、生かすため、共に行くため。
死んでも良いなんて、冗談でも思ったことはない。死ぬなら一緒に、生きるのも一緒に。
一度、岱は敵に捕まった。
先を行く若に逃げて、と口にできなかった。もちろん、言ったところで彼が一人で逃げることなんて無いと分かっていて、分かっていたのに言えなかった。自分は醜い。

「若には感謝してるんだよ。」

何にだ、と顔に書いてこちらを見つめてくる。
岱は昔に思いを巡らせていた。捕まり、口を割らぬと分かったとき、下されたのは処断の命。
一人で死ぬ、若を遺して。
若は大丈夫かな、俺は...
そう思ったとき、聞きなれた強い声が響いた。気迫に満ちた、他者を寄せ付けない声、鼓膜に染みた。

「馬猛起、ここにあり!命惜しくば逃げよ!」

馬を駆る彼は、馬そのもの。振るう槍を朱に染めて、その魂を貶めて。
ごめんね、ごめんね、
若にそんな顔させたくないのに。
辺りは死屍累々。血だまりのなまぐささより、施された折檻のもたらした傷より、現れた男の眼差しが痛かった。

「岱、」

そんな顔をしないで、大丈夫だから。

「岱、」

そんなに見ないで、俺なら大丈夫だから。

「ごめんね若、大丈夫だから、ね?」

笑って見せたのに若は深刻な顔をしたまま。まるで、俺の心を見透かされそうで怖かった。
そうしたら、若が遠慮がちに体を包んできた。自分も小さくはないけど、若も小さくはないからすっぽりと包まれる。
そう言えば小さい頃、こうしてあやしてくれたっけ。昔から自分の感情を出すのが苦手で、みんなの前では笑ってばかりで、悲しいこととか悔しいこととかあれば、ひっそりと一人で泣いていた。
そんなとき、いつも若がまるで知ってたみたいに現れて撫でてくれた。

泣いてもいいんだ、怒ってもいいんだ、と繰り返しながら。

そんな自分は泣いたことはないくせに。


そんな事を思い出しながら、今目の前で茶を啜る従兄を見た。
この国は、当主をはじめ皆穏やかだ。落ち延び転がり込んだ自分達を快く受け入れてくれた。
ゆっくりと時間をかけて若はやっと人らしく戻った。

「若、良かったね。」

ふっと笑う顔。本当に久しぶりに見た。若の心は見えないままだけど、やっと一緒に前に進める。







2013/04/26
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