いち

□もののふとしのび
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「逃げろー!鬼半蔵が来たぞー!!!」

ひとつ、心臓をひと突きに穿て。

「闘うな!逃げるのだ!」

ふたつ、首を斬り落とせ。

「目を見るな、逃げられなくなるぞ!」

みっつ、心を裂いて絶望を。



生まれて物心ついた頃から殺すことは生活の一部だった。
血を浴びることも、命を断つことも、生を乞うものに引導を渡すことも、全て日常のひとつ。


疑念を抱いた事はない。

戦場にあって敵を切るときもそれは当たり前のこと、
だった。

命を断ってこそ勝利と教えられてきた。


だが………今のこの状況はなんだ。



「半蔵、もうよい。」

あとひと息。首をはねれば終わるのだ。

「もう勝負は着いている。」

まだか細く息をつぐ男を前に、このもののふは『もうよい』と言う。
なにがもうよいのか。

「まだ生きている。…離せ。」

目の前の獲物を断ち切るために振り上げられた右手は大柄なその者にがしりと掴まれ、切ることの叶わなかった鎖鎌は宙でぎらぎらと血を欲して輝いた。


 
「殺さずともよい。その者はもう、お主に負けたのだ。」

跨る半蔵の下で辛うじて息をしているもののふが居る。意識はない。

「それは、我の決めること。」

分からなかった。
相手を生かしておきながら、それを勝利とする事の意味が。
それがもののふの心だと言うならば、一生分からないだろう。

半蔵が今跨るもののふもまた、戦いの最中武士の何たるかを語っていた。

自分には関係のないことだ。

自分は忍なのだから。


互いに睨み合い離れない視線、握られた手首はぎちぎちと痛みを訴える。

「離せ…」

「ならぬ。」

苛々する。
今眼前の敵を殺さずして、では死んでいった者達はどうなる?何のために戦を始めたのだ。

報われぬではないか。

全身に殺気を纏い半蔵はただ忠勝を見る。
臆さず見返す瞳は揺るぎない。


「知らぬ。」


暫く睨み合っていたが鎖鎌の鎖の部分がじゃらりと音を紡げば、宙でぎらぎらと妖しく光っていた刃は下げられた。

小さな舌打ちが聞こえたのは気のせいか。

「勝手にしろ。」

静かに言い捨てると半蔵は忠勝の手を振り解き闇へと消えていった。



‐終わり‐


 
 

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