いち
□無知の罪
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「うぬがそれほどまでして守ろうとする男は、そんな価値など微塵もない。」
闇の帳の降りた部屋、微かな蝋の揺れる光が頼りなげに男の輪郭を浮かび上がらせた。
白い肌に玉のような汗を浮かべる小柄な男、目を隠されて光は届かず、口は布を噛まされて閉じることは叶わず。
両の手首は後ろに回され、粗い縄できつく縛られている。
頬は心なしか赤みを帯び、吐く息は荒い。
「うぬが今宵、こうして体を明け渡すことも、頭の片隅にすら無かろう。」
「知ろうともしない、哀れな男だ。」
視覚を奪われた今、縛られる男は聴覚と触覚が研ぎ澄まされていた。
肌を撫でられる感触が、彼の心など関係なしに快感を貪っていた。
「こんな状況でも悦べるとは、躾られた躯とは難儀よの。」
そんな様子を片口に薄笑いを浮かべて、冷たい眼光を湛える男は見ていた。
「いや、幸いか?」
嘲りを含んだ笑い声は弄ばれる男の鼓膜に染みて脳内を浸したが、それでも快楽は退く事は無かった。
先に嗅がされた薬の効能も多分に関与しているだろうが、自身の体がそういう風に仕込まれているのも事実であった。
首をかいて殺してやりたい。
気の長くない男は責められながらも物騒な思考を紡いでいたが、それはできない事だった。
今悪趣味な方法で男をいたぶるのは、彼の主の上に立つもの。
それができぬのならば、ただ耐え忍ぶしかないのだ。
「……はっ」
やわやわと、わき腹や内ももを撫で回していた手が核心に触れた。酷く緩慢な手つきで包み込まれて、じっくりと握り締められる。
今までの不確かな刺激にじれた体は、急に訪れた確実なそれに素直に従った。
漏れたのは歓喜の声。
「んっ………」
ただ握られるだけの圧力のみでは足らず、本能的に腰が揺らめく。
「くくっ、愛いやつよの。抗う気は毛頭ない、か。」
握る手に己の愚直を擦り付ける形になった。
「ふ、……んん、」
「其れならば、くれてやろうぞ。」
小柄な男の背後に回り、床の上に押さえつける。露わになった背中に舌を這わせる、ゆっくりと柔らかに。仰け反る背が快感の大きさを物語っているようだ。
漆のような黒い髪をかきあげて白い項に吸い付いた。
強張る体はしっとりと汗ばんでいる。
「堪らぬ。」
つい口を出た本音、あまりの艶やかさに男をいたぶる人物の雄も大きくそそり立っていた。
舌なめずりなどいつぶりだろうか。
この男を一目見たときから感じていた。強い生気の成せる業か、放たれる色香は容易く人間の理性を剥がすのだ。
「時をかける暇はなし。」
逞しく鍛えられた体を小さいが締まる体に重ねた。解す隙など、今の彼には無かった。
どくどくと脈打ち今にも張り裂けそうな欲の塊を、先までの快楽にひくつく其処にあてがう。
慣らさぬと悟ってか、今から訪れるであろう苦痛に更に躯が強張る。
力を抜かぬと辛いのは百も承知だが、それでも体は刺激への防衛を目論んだ。
「力を抜け、知らぬぞ。」
そんな忠告も聞こえているのかいないのか、はぁはぁと短く息を継ぐ。
その息遣いにもはや理性は崩壊した。
みちみちと質量が肉を広げて侵入してゆく。
「あ、あああぁ…」
あまりの苦痛に息すらできず、意識だけは飛ばさぬようにとなんとか耐えた。
途中、中の膨らみが擦られれば体に刷り込まれた快楽が脊髄を駆ける。
「ふぅ、締め付けよる。」
全て納めて満足げに言うのは犯す男。彼にも等しく快楽が与えられていた。
「げに浅ましき躯よの、快楽にむせび泣くか。」
きゅうきゅうに締め付ける感覚を楽しみながら、にやりと妖しげな笑みを浮かべた。
堕ちた男のなんとも云われぬ痴態に高揚が止まらない。
早く出したくて、男は抽送を開始した。初めこそ摩擦が邪魔をしたが、挿れられたモノから出た液体のせいか、中から染み出す液体のせいか、次第に水音が混じり動きは滑らかさを得る。
動きに合わせて漏れる、くぐもった声と緩急のつくそこの収縮と弛緩。
熱い楔で穿たれる男は、過ぎる快楽に理性などはとうにかなぐり捨てていたが、かろうじて意識は繋いでいた。
互いに上り詰め、頂点に駆けあがるのにはさほど時間は要さなかった。
どこまでも荒く短くなっていく息に、乱れた声、欲望を突き立てる男も口数が少なくなっていく。
どこに触れられても悦楽しか生まれず、快楽地獄とはこの事か、と犯される男は遠い彼方で思った。
四つん這いの姿勢にされ、いよいよ放出の時が近いのか中の質量がぐんと増す。
そんな変化さえ感じてしまう己を少しばかり呪う。
最後の決定的な刺激を欲してか、ただ打ち付けるだけだった男の手が脇腹を掠め揺さぶられる男の象徴に伸びた。