いち

□恋なんて綺麗なもんじゃ無いけれど
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どこにだって一人は居る。
遠巻きに見つめて、錯覚して、甘やかしてしまう人種が。

それは可憐なる恋ではないし、純情なる愛でもない。
特殊な環境下で生まれる錯覚。

それすらうまく利用するのが、忍。





舌を噛まぬよう猿轡がはめられた。
手は後ろに縛られた。
自由がきくのは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、足。
捕らえられた忍は言葉をひとつも発しない。
何処の者か、名はなんと言うのか、何のために忍んだのか、誰に仕えているのか。
大抵の忍は死の淵まで追い込めば密を洩らしたがこの忍は違っていた。
驚くほどに頑固で忍耐強くてしぶとかった。

獄卒たちも半ば諦めと、飽きとで手持ち無沙汰にすらなっていく。
常なら、早く処分の命が下らぬかと待つのだが今回は違っていた。

今回捕らえた忍が、実に見目麗しかったのだ。

切れ長の楕円の瞳に長い睫毛、白い体躯にしなやかな筋肉、薄い唇に全体的に細い線。
肢体を打ち喋らぬと分かれば、次第に思うことは限られていくようだった。

「頑固だなあ〜、吐けば楽にしてやるのによ。」

薄ら笑いを浮かべる男、

「意地張ってるあたりもそそられるんじゃねえの?」

下卑た笑い、

「ははは!ちげえねえや。それにしても…えらあべっぴんだなあ。」

囚人ばかりを相手にする彼らが、精神的に優位に立ち凶行に及ぶのも無理からぬ事だった。


所々につく打撲の痕、汗で張り付く長い髪、尚も光る二つの眸。
それら全てが、彼らを駆り立てる。
骨ばった指が、忍の顎に添えられる。
無理矢理に上向かされて、見下ろす瞳と目が合った。
その笑みの向こうに、忍は知った光を見た。
性欲に駆られた男の眼差しだ。

分かっていれども慣れぬこの行いに、嫌悪が沸いて生唾を呑んだ。
それがまた相手の欲を擽ると知ってか知らずか。

「いいんじゃねえか?別に此処から出れるわけでもねえし。」

「俺らもたまには、良い思いしねえとな。」

空気が澱みを見せた。
澱んだ空気は次には奇妙な一体感に包まれる。
忍は知っている。このあと己が享受せねばなぬ行為を。そしてそれが、如何程の苦痛を精神と肉体にもたらすかも。

「良〜い、声で鳴いてくれよ。」

大きく見開かれた澄んだ瞳には、下劣な笑みを浮かべる男の狂気が反射した。



 
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