壱
□餅つき(拍手ログ)
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「餅が食べたい、久秀ついてくれ。」
ちらちらと白いものが舞う空を見上げながら、冬の空気を嗜んでいると
主君の長慶が横でとんだ戯れ言を言っていた。
正月中散々餅を食い散らかし平らげた挙げ句、「まだつけ」などとどの口が言えたものかと久秀が主を見やるが、主は真剣そのものの顔つきだった。
「長慶さま、お言葉ですが花より団子も程ほどにしませんとそれはもうおデブの道まっしぐらですな。
いや、愚劣。」
冷ややかな眼差しで主に告げると、
「そう言うてくれるな、欲しいものは欲しいのだ。」
と駄々っ子バリの長慶さん。
「どうしてもつけぬと申すのであれば…そうだなぁ、久秀を食しても構わんが。」
満面の笑みの長慶さん。
「長慶さま、まさにそれは愚の骨頂。自殺宣言で御座いましょう。
いや、愉快愉快。」
獲物を狩る梟そのものの目で主を射抜く久秀さん。
「ふ、ふん!…戯れ言だよ久秀。(ドキドキ)
まぁ、わしも只でついてくれとは申さぬよ。
これが欲しくはないか?」
久秀さんの炯々煌々とした瞳に一瞬命が潰えたかと思った長慶さまでしたが、さすが久秀さんが仕えるだけの事はありただでは起き上がらず。
久秀の
目の前にぷらーんと差し出されたのは平蜘蛛印のお煎茶。
自然久秀さんの目は輝き、
「な、長慶さまそれをどこで!?」
明らかに動揺する久秀を見て長慶さまはニヤニヤと笑い、
「どうだ、悪い話ではなかろう?利害の一致と言うやつだ。
という事で、頼んだぞ久秀!餅米は片倉さんちの米を使うのだよ!」
そして風の様に主長慶は去っていった。
残された久秀の額には変な汗が滲んでいたという…
小十朗はえも言われぬ気配を感じていた。
空は灰色の雲をたっぷりと湛え轟々と鳴いていた。暫くすれば雪が深くなるだろう。
正月のお祭り気分もそろそろ醒めて主君政宗様は溜まりに溜まった執務を嫌々こなしていた。
小十朗は食い散らかされた後の台所に仁王立ち(残骸との)戦いに備え精神を研ぎ澄ましていた。
目を瞑り深呼吸をした刹那、後ろに感じた不穏な気配に小十朗は気が付いた。
「何者だ!そこに居るのは分かっている…出てきやがれ!」
振り返り出刃包丁を片手に威嚇する小十朗さん。
戸棚の隙間からカタンと音が漏れ、姿を現したのは…(実は恋慕相手の)爆弾魔久秀!
「やぁやぁ、久しぶりだね右目。元気にしていたかね?
相変わらず卿は物騒だ。」
出刃包丁にチラと目線をくれて久秀が言う。
「い、いや、コレは違う…。(包丁しまい)ところで何の用だ?
わざわざテメェが奥州まで出向いてくるなんざ、…よっぽど欲しいもんが有るんだろう?(まさか俺に会いに!?)まさかまた政宗様の刀を!!」
よく見ると久秀の手には大きな麻袋が1つ。先日のくりすますとやらの惨劇が小十朗の脳裏によぎる。
「まさか…テメェ…!お、俺はそういう嗜好はねぇからな!!!」
1人おたおたする小十朗を尻目に久秀は優雅な佇まいで
「卿は阿呆かね?
卿の言う嗜好とはどういったものか考えたくもないが…なかなか卿の脳内は春めいているな。」
にんまりと笑い久秀が言い放つ。
「私は主の遣いで卿の作った餅米を譲り受けに来ただけだ。
別に卿とそういうコトをしにきた訳ではないよ。」
純情(?)な小十朗さんは真っ赤になり
「そ、そういう事なら早く言え!」
ぷいぷいしながら麻袋に餅米を詰めました。
「持っていけ、」
ずいと差し出された餅米でいっぱいになった麻袋を受け取り
「有り難く頂いていくよ。」
と久秀は一礼しすたすたと出口へ向かい歩いていった。
かと思うと立ち止まり何かを思案した様子で、ふと振り向き小十朗へ近付いていき、
唖然とする小十朗の耳元へ久秀はゆっくりと唇を近付け囁く。
「そうだ、私の欲求を満たしてくれたのだ卿にも礼をしよう。
卿が望むのなら、そういうコトをしても構わないよ。」
耳元で囁かれる低く官能的な声色に純情(?)な小十朗さんは真っ赤になり
「ななな、何をテメェは…俺はそんなんを望んでいる訳じゃねぇ!…ただ…」
「戯れだよ。
早く帰らねば、平蜘蛛煎茶が私を待っているのだ。
それに思い出した、卿の嗜好に付き合ってしまえば腰が役に立たなくなる。餅がつけなくなるのでね、それは困るのだ。
では、失敬。」
指ぱっちん爆発と共に久秀さんは姿を消しましたとさ。
「小十朗、何赤くなってんだ?」
つまみ食いに来た政宗様は小十朗を訝しげに眺め、
あとに残された真っ赤な茹で蛸小十朗さんはついつい妄想に耽るのでした。
〜終わり〜