□酔いどれ
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人混みは嫌いだ。


蒸し暑い夏の夜に城下の喧騒を窓辺で聞きながら、一人酒を飲む。

城下ではみこしを担ぐものや踊りをするもの、妙な芸をするものなど様々が各々夏の祭りを楽しんでいた。

あんなに叫んで踊って疲れるだけだろうに、夏の空気は人をおかしくさせるらしい。


しかし、そんな祭りの中空に打ち上げられる大輪の花々は嫌いではなかった。

空から腹の芯へ響く凶悪なまでの爆発音、それに反して見る者の心を奪う鮮やかな彩りはとても趣深い。

散り様もまた然り。

しかし爆発物をこの様な用途に用いるなど、人とは実に興味深い。


そんな事をつらつらと考えながら久秀は酒をちびちびと舐めていた。


たまに吹く風も城下の熱気に晒されたように生温い。


熱いのは酒のせいもあるのか、


ふうとため息をつき自室へ戻るため立ち上がろうとしたところで人の気配に気付いた。


「やあ久秀、こんな所に居たか。まあお前のことだからどこかで高みの見物だろうとは思っていたが。」


酒の香りを漂わせながら、主長慶が久秀の隣にどすと座った。

いつものように出来上がっているらしい。
久秀は長慶の酔い癖の悪さが嫌いだった。
別段暴れたりと言
った暴挙は無いが、久秀にとって都合の悪い酔い方をするのだ。


はぁ、と無意識のうちにまたため息が出た。


「お前もくれば良かったであろう、可笑しな催しも多々あったぞ。」

けらけらと思い出し笑いだろうか、主が笑う。
その姿を少し微笑ましく思いながら久秀もひっそりと笑った。


「私はああいう場所は苦手でしてね。ここから遠目に眺めているのがいちばんです。
巻き込まれるのはごめんですから。」

「だが嫌いでは無いだろう?
だからこうしてこんな所から眺めている。」


細められた目と、目があって言葉に詰まる。

見透かされているような感覚が嫌だった。

「まあよい。腹を空かして居るだろうと思ってな、食い物を買ってきたぞ。」

教養が高いはずの主は酒に酔うとなかなか口が悪くなる。

「長慶様、言葉が好くありません。」

「甘い物が好きだろう?」

人の話などまるで聞こえていない様子だ。

「甘い物がお好きなのはあなたでしょう、」

「じゃあ要らないのか?」

「いただきます。」


小さな器に氷と水とが入れてあり、その中に半透明の皮で包まれた餡の和菓子が数個浮かんでいる。
遠慮がちに入れられた柚子の皮が香り高く、
涼しげな空気を感じる。

「素直に喜べば良いものを、お前はひねているからな。」

ははと笑う主から水羊羹を受け取った。出店のものにしては良くできている。
一口頬張ればひんやりと口の中を心地良く冷やしていき、飲み込めばまた喉も同じく。


「美味いだろう?」


嬉しそうに聞く主に頷くと、主は満足げに床に寝転んだ。

「お前ももう少し他と馴染んでくれたらなあ、」

主が唐突に言った。
自分はあまり人となれ合うのを好まない。


「こんなに面白みのある奴なのに、誤解されてばかりだ。
お前も自分の噂を聞かないわけではあるまい。」

面白みという所は少し引っかかったが、確かに私は長慶様の身内から良い印象は受けていない。

しかしどこの馬の骨とも分からぬ奴を、戦が得意だからと重臣扱いすれば誰でも気分は良くないだろう、と思っていたから気にはしていなかった。


 
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