□にゃんにゃん
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さらさらと柔らかな雨が降る昼下がり、眠ってしまっていたようで微睡む思考をなんとか覚醒させる。

ぼんやりとした脳はまだ眠りたいと訴えてくるが、それを良しとしないものが居た。

どこから迷い込んだのか、床に臥して眠る久秀の周りをくるくると廻り時折顔に近付いてくる。

長いヒゲが顔を掠める度、眠いのに意識は掬い上げられて。

「なんだね、私は今眠りたいのだ。良い子だから離れなさい。」


気だるそうに猫に話しかけるが猫はそんな事どこ吹く風、ごろごろと喉を鳴らしてすり寄ってくる。

あぁ…煩わしい。

仕方なく起き上がり猫を抱える。
やや茶色がかった黒い毛並みの猫、飼い猫なのか毛並みは艶があり野生のそれは今は身を潜めている。
金の目が美しい。

「何を欲してここへ来たのだね?」

猫の前足の付け根を掬うように持ち、自身の目線と同じ高さまで掲げた。

猫はにゃあと鳴くばかり。


ようやっと醒めた耳に雨の優しい音が届く。

「雨…か、」

「おまえも私と同じか、雨が嫌いなのだね。

まあ、雨が上がるまでは此処に居ると良い。」
久秀は微笑み猫を膝の上に乗せ、壁にもたれてまた眠りについた。

遠くで鈴の音が響く。







どれくらい寝ていただろう?
耳元でりんと響いた鈴の音がうるさくて目を開ける。

体がやけに重い。

ぼんやりとした意識をまた無理に浮上させ、重たい瞼を持ち上げる。

久秀は目を疑った。

「何をしているのかね?」

自身にのし掛かるように竜の右目が覆い被さり、真っ直ぐにこちらを睨み付けている。

「狩りだ。」

酷く真面目に言うものだからおかしくて、小馬鹿にした様に笑ってやる。

「卿は…馬鹿かね。」

すると右目もにんやりと笑い、

「なんとでも言いな、てめえはもう俺の手の中だ。」

舌なめずりをした。
その表情が酷く嗜虐の色を帯びていて、背筋がゾワリと戦慄く。

「?」

ふと着流しがはだけて露わになっている大腿に、さわさわとした感触を覚え目線だけくれる。
もちろんその感触の正体は互いの体に隠れ、視覚にて確認する事はできない。

するとその反応に気付いたようで右目が目を細めて笑う。

「何がおかしい、」

解せない事象に苛立ち、この男は知っているのかと思うと更に腹が立った。

「退きたまえ、」


「テメエが此処にいて良いって言ったんだ、雨が上がるまではな。」

途端、久秀に電流が走るような感覚がした。

「卿は…何を言っている?」

聞いていたのか?

「さっき会ったのにもう忘れたのかよ。」

右目が上体を起こし、少し距離が遠のく。
と、そこにはまごうことなきソレが付いていた。

「な、何だねソレは!!は、早く外しなさい!」

右目こと小十郎には立派な猫耳が付いていたのだ。

わなわなと驚愕に震える久秀をよそに満面の笑みを浮かべ、

「外れるかよ、オプションパーツじゃねぇんだ。」

と一蹴した。



(これはなんだ?物の怪か?夢か?夢なら早く覚めてくれ…右目の猫耳なぞ…き、気色悪い!)

目をきつく瞑り、信じたことのない仏に縋る。
あぁ、初めて神頼みをする人間の気持ちが分かった。痛烈に。

目を開ければそこにはいつもの奴が居るはず、と目を開けたがやはりソレは生えたままだった。

絶望の色を呈する瞳に満足しながら小十郎は再び尾で久秀の大腿をさする。

「…っ!?やっ、やめないか!」

明らかに狼狽する姿に煽られる躯。思わず首もとに顔を埋めて鼻を擦り付ける。




「…ん、あっ…」

あられもない声を出す梟に気分が良くなる。

首筋に擦り付けられた鼻が酷くくすぐったくて、思わず声が出てしまった。

先ほどの愛くるしい猫はこやつなのか?

「もっと鳴けや、」

それならば…とても残念だ。
猫耳とは付ければ愛らしくなるものかと思ったが、存外そうでは無いらしい。
はぁと溜め息をつき、

「右目、卿は猫の姿の方が百倍愛らしいな。」

と言ってやれば、途端に小十郎は眉を顰め。

「な、なんだと?!」

明らかに狼狽えている。
「駄目か?!これでも駄目なのか!?」

何がだ、と言いたかったが止めた。

「………………」

黙り込む小十郎。

(やったか!?案外ガラスのハートだからな!しょげ帰れ!)

不敵に笑う久秀を暫く見つめ、小十郎は引き下がった。

「じゃあ、俺が猫の姿でヤれば良いんだろ?」



疑問符が数十個は飛んだだろう。

………………………………違う、違う違う違う違〜う!!!!

「な、違う!勘違うな!」

久秀の勝ち誇った顔は直ぐに後悔の顔へすり替わる。
小十郎はニヤリと笑った。

雨は上がり、辺りは夕闇へと移り変わっていくのでした。


終わり


 
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