□愛って言うのは真心らしいけども、私はそれをよく知らない。
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「まっつなっがさーん!」


陽気な声が木霊して不愉快だ。

声の主は見当たらない。

(どこから呼んでいるのだ…)


「おーい!」


「……………。」


「聞こえないの〜?」


「…(イラッ)用があるのなら卿から来るのが礼儀だろう?用が無いなら呼ぶな。」


「ひどっ…だって今手がいっぱいなんだ。」


「卿は手で移動するのかね?足は空いているだろう。来れないなら呼ぶな。」


「そうじゃなくて〜今日も一段と辛辣だね!」


「ありがとう。何か価値ある物をくれたまえ。」

「…俺とか?「一番要らない、寧ろ願い下げだ。」

「……………松永さん、」


あぁ、そこに居たのか。

さらさらと風が吹けば桜の花弁が散ってきて、ふと木を見上げれば其処にそいつは居た。


「……………何をしている?」

桜の枝にしがみつきぶら下がる大男。

「ははっ、ちょっと昼寝に失敗した、」


はにかむように笑う男をみて、いよいよ救えんなと確信した。


其処で桜と運命を共にするが良い。


ふと笑うとそいつは勘違いしたようで、大きな瞳をぱちぱちさせて「あっ、笑った!」と無邪気に言った。
「不憫な…」


「松永さん今日は優しいね。」

「私はいつも優しいさ、桜の木が不憫でならない。大男にしがみつかれて、今にも折れそうじゃないか。」

「……………。」


「すまんね、私は地に足着かぬものに興味は無いのだ。さようなら。」


踵を返して来た道を引き返そうとする。

「あっ、待っ、て…?」

少し遅かった。
早く去るべきだったのだ…一層多くの花びらが舞った。



















「………何の真似かね。」

久秀は自分に覆い被さるように降ってきた男を睨み上げる。


「ご、ごめんなさい。でもっ、これは事故で。」

「当たり前だ、故意であったら私は卿を爆破しても構わない。」


「……………」

「何だ、」

黙り込んで此方を見つめる大男。

「松永さんってさ、」


「それ以上言うな。」


「何で?」

「私についての卿からの見聞は、良かった試しがない。」

聞いてしまえば逃げられない気がした。

「そう?
じゃあさ、俺って松永さんから見てどう見えるの?」


「……………、」


見上げるとその大男は無垢な瞳で見つめてきて、舞い散る桜を背に自信に溢れたその顔は…
「私は、卿のことが嫌いだ。」


嘗ての主を思い出す。



「っ、酷い…」

分かっている、これは八つ当たりと言うのだろう。

「酷いのは卿ではないか。」

「えっ?」

「卿は軽くは無いのだから、私を潰す気か。」

「あっ、ごめんなさい。」

ゆっくりと起き上がり、手を差し伸べてくる。あまりの自然な所作に、自然と手を差し出してしまい。

「やっぱり俺、松永さんの事好きだ。」


手を握れば引き寄せられて抱き締められた。


ぎゅうぎゅうと締め付けるそれもまた、嘗ての主を思い出し胸が苦しい。

どうか触れないでくれ、話しかけないでくれ、関わらないでくれ…。


どうか。


「もう良いんじゃない?」

耳元で静かにしかししっかりと囁かれる。


「何がだね、」


「俺は詳しい事は知らないし難しい事は分からないけど、」

さらさらと暖かな風が吹く。

「松永さんの気持ちは何となく分かるよ。」

戯れ言を。

「もう許してくれてるよ。だから、」


ふんわりと陽の光と桜の香りに包まれて、とくりとくりと静かな心音が鼓膜に届く。


暖かい。


「あとは、松永さんがゆるしてあげるだけだよ。」



春の強い風が一太刀吹いた。

惰情を拭い過去を吹きさらし新たなものが芽吹けるように。


体が離れて眼と眼が合う。
その目は真っ直ぐ過ぎて、でも優しくて、その眼差しが痛くて言葉が出ない。


「松永さんってさ、」

「図星だと喋らなくなるよね。」


そういうとこ人間らしくて可愛い。


しゃらしゃらと鈴の様に笑って、大きな子どもが口付けてきた。

優しく柔らかく、肌が触れあうとはこういうことだったか。



「        」


唇を離して耳元でゆっくり甘く囁いてやれば、大きな図体の子どもは耳まで真っ赤にして。



「ふっ、戯れだ。」



「〜〜〜、ずるい!」




春のうららは暖かくていけない。





-終-




20120311



 
 

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