□弟と梟
2ページ/4ページ



飛び散る飛沫が目に入らないよう視線を下げて斬り捨てる。

ごとり
と音がすればもうそれはただのモノでしかない。

流れる赤はやがて色褪せ淀みに変わる。
鼻を突くこの臭いにももう慣れてしまった。


恐怖や戸惑いはない。
ただ嫌悪だけ。


(こんなもの早く終わってしまえばよいのだ。)

振り払った切っ先からは今し方斬った者の血が飛んだ。


「いや、苛烈苛烈。お見事な斬り様ですな。」


自分と同じように血を浴びた久秀が近付いてきた。
久秀の武器は刀とは違う形状の鞘を持たない剣だった。

(物騒なものを。)


「貴殿もなかなかではないか。」


相変わらず弧を描く口元に嫌気がさす。
しかし久秀の殺陣はなかなかのものだった。

流れるような所作に刀とは違う両刃の剣。

歩いているだけと思いきや後ろから来る敵も見えているかのようだ。


「あなたが何と言われているかご存知か?」

「知っている。」


一存は武勇に優れていた。
敵を斬る際はただ無心で。それが強さの源だった。
相手の目を見てはいけない、心を知ってしまえば軌道が乱れるからだ。


「かような名で呼ばれるあなたの戦いを一度見てみたくてね。」

 
「実に、素晴らしい。」


「……………。」


皆は敵を容赦なく斬る自分の事を鬼と呼んだ。

だがその実は違う。
相手の目を見て斬れないのは弱いからだ。心が弱いから向き合う事が出来ないのだ。
向き合い相手をほんの少しでも人だと思ってしまえば、途端に己の中に躊躇いが生まれるのを一存は知っていた。
戸惑えば死はすぐ近くに歩み寄る。


(私は死ぬわけにはいかない。)



「卿は、躊躇うのだな。」


口調の変わった久秀に一存はただならぬ空気を感じて視線を投げた。
何のことだと問いたかったが言葉が出ない。
目を細め此方を見据える様は、心の内を見透かされているようで不快が募る。

互いににらみ合うような形で視線を絡めていたが、ふと久秀が何かに気付いたらしく前方を見やった。
そんな久秀の視線の先を辿れば敵方の武士が馬で駆けてくる所だった。
手柄をとりに来たのだろうか、一騎で駆けてくる度胸は素晴らしい。

一存は刀を抜こうとした、が、柄の先を久秀にとめられ刀身は出ることはなかった。


「正面からぶつかるなど得策ではない。」


にやりと歪む表情は果たして何を考えているのか。

 
 
「卿、」


久秀が後ろに控える足軽に声をかける。
剣を向けられ震える兵を見て久秀は鼻で笑った。

「あの武士に斬られてはくれまいか?」

「あ、は…え?」


動揺する兵士を嘲笑うように久秀は続ける。

「分からないかね?卿が斬られている間に私が奴を斬ろうと言うのだ。」
足軽の反応をまるで楽しむかのように久秀は言う。
そんな事をしたところで何の良策にもならないのは久秀自身がよく分かっているはずだ。



「何を言っている、」



物を見るような目で兵卒を見詰める久秀と、久秀に言われ蛇に睨まれた蛙のようになっている兵卒とのやり取りを断絶するように一存が発した。

「私が斬る。」

其処に控えておれ、
兵卒へそう言って駆けてくる馬の蹄の音に集中する。
近づく音、この馬は己が最期を感じているだろうか?


「いや、ご立派。」


後ろで嫌な声が聞こえたが、今自分には関係ない。と意識から消した。


流れてくる風は彼の男がそこに居る証拠。目を閉じ静かに刀を抜いた。


「あっ…、」

 

久秀に『斬られてくれ』と言われた兵卒が思わず声を出した。
馬は嘶き、地に倒れ、
馬の主の首はもう体には繋がらない。
落ちた首を見れば敵方の総大将だった。
三好の軍を侮り単騎駆けてきたのだろう、哀れな。

きん
と刀を鞘に収める。
終わったのだ。


「実に美しい斬り様でしたな。」


未だ深々と頭を垂れる兵卒をちらと見ながら不快な声に耳を傾ける。


「卿は使えないな。」


「も、申し訳ありません…!」

久秀は兵卒へ酷く冷めた声色で言った。この男は全く解せない。
兵士の命を何と考えているのか…

「よい、松永殿ももう止しなさい。」

自分が斬れば済むのだから。

法螺貝が鳴る。終戦の合図だ。

一存は足早に陣に戻り帰城の準備を整えた。
きっと兄が酷く心配して待っているはずだ。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ