いち
□沈みゆく
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茂みをかき分けると、沼の淵に佇み着物を脱いでゆく半蔵を見つけた。
こんな寒空の下水浴みでもするつもりだろうか?
それとも水行か?
それでもいくら忍が鍛えているからとこの張り詰める寒さの中水に浸かれば、呼吸は止まるのではないかと心配になり再び名を呼ばわる。
しかし今回も反応はなく。
そうこうしているうちに忍の傷だらけの肢体が露わになり、忠勝ははっと息を呑む。
何を女の様な、とひとり恥ずかしくなり頭を振る。
呼んでだめなら、と半蔵に近付いた。
が、存外に沼は遠く腕を掴む前に半蔵は沼へと沈んでいってしまった。
「半蔵!」
沈み行く忍を見ながら酷い焦燥に駆られ、初めて声らしい声が出た。
漸くその声は忍の鼓膜に届いたようで、その体全てが沼に沈んでしまう刹那
忍の煌めく瞳と眼が合った。
それはまるで“来るな”と拒絶されている様だったが、常よりの半蔵の拒絶に慣れ始めた忠勝は気にせず自身も沼へと飛び込んだ。
沼の水は変に温かく粘度があり体に纏わりついてくる。透明感の皆無な茶色がかった水に潜ることは叶わなくて、忍が沈んだ辺りを手探り、細い何かを掴み引き上げた。
忍は目を閉じ、呼んでも揺さぶっても意識は戻らず…よもやと思い口元に耳を澄ませば息をしていない。
大柄なもののふは殊更慌てて忍を岸辺へと連れて行く。
改めて近くで見ると均整のとれた顔立ちで、意識のあるうちのあの威圧的な態度はなくただ眠っているようなその姿は触れれば壊れてしまう彫刻の様で…
などと考えてしまう邪な感情を振り払おうと頭をぶんぶんと振る。
助けなければ。
一瞬、強く躊躇ったが忍の唇へ己のそれを重ね忍の口内へ空気を吹き込む。
沼の水は甘く甘く、息を吹き込む度に脳が何かと錯覚していく。
甘く痺れていく。
何度目かのそれの後、忍は酷い咳をした。苦しげにしかめられた顔に、生きていたと安堵する。
「良かった、」
疲労と安堵が入り混じり呟くが忍はとても不機嫌な様子で、
「責任を取れ」
と放ち、忠勝を押し倒し強引な接吻を施してきた。