いち

□自然の摂理に抗うもの。
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鬼は人に拾われて、
人の『心』を思い出しました。



『いいか正成、殺すことだけが勝つということではない。
お前は忍びである前に人だ。』


『人であれ。』



―――いったい自分は何をしているんだ。




武田と上杉の戦いを偵察する。
今回の仕事はただそれだけだった。諜報としての仕事。


ただ戦況を見据えるだけの筈だった。


生臭い匂いが満ちる戦場は懐かしく、何故か切ない。


場所を変えようと空を駆ける。
その途中、地に臥せる見覚えのある姿に気を取られた。


無性に気になり傍らに降り立つ。
うつ伏せているそれを足で上向かせれば、見知った顔にはっとした。


「真田の倅、…」



もう虫の息。



もののふに付く数多の傷は、刀のそれではない。
だとすれば…

「忍…」

しかし、息の根を止めることもできず半端な所作。


死する事すら叶わなかったか…
哀れな。



去ろうとすれば、真田が声を出した。


「半蔵殿……か?」


声は出さず、足を止めて視線だけ向ける。


見えているのか、いないのか。




「良かった。…引導すら渡しては頂けないのかと…」



真田の倅は少し笑ってそう言った。



引導を渡す?
何の事だ

「もう一度、…手合わせ願い…たい…」


もう死にそうな体で何を言うかと思えば、そんなこと。


「先ほどは、油断した。貴殿の…その…妖艶さに………」

「色を感じて申し訳なかった。」


半蔵はもののふが言った言葉に苛立ちを覚えた。


何者かが、自身の姿で事を働いている。
しかも稚拙な技で。



「もののふ、拙者は貴様と手合わせなどしていない。」


「何…と?」


「貴様を見たのは今日初めてだ。」


「……………では、先ほどの貴殿は…」


「拙者ではない。」


「そんな…」


「では私は、」


何か言おうとして、真田の倅は咳き込んだ。


「半蔵殿…」

切なげに寄せられた眉、終わりが近いのか。


知っている。


半蔵はこの男に仕込まれた武器を知っていた。体内に留まり少しずつ命を喰らう。
半蔵はこの手の忍具を好まない。

心の中で舌打ちをして、半蔵は真田に近付く。

それよりも、己の姿を使われたことに酷く腹が立った。


「真田、」

「…」

目線だけで応えるもののふ。


「覚悟はあるか、」


少し間を置き、真田が頷いた。



 
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