□揺らめいて、陽炎。
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随分久しぶりに主の部屋を訪ねる。
茶と、茶受けの金平糖を一袋持っていこう。


主の部屋へ向かう途中、家臣の者に幾人か会ったがやはり自分へ向けられる眼差しは冷たいものだった。
さして興味は無いが。

主の部屋の襖の前につき一呼吸おいて声をかける。

「長慶様、久秀です。入ってもよろしいか?」

少し寒い夜だ。

「あぁ…良いよ、入りたまえ。」


少し間を置き返事が来る。
襖をすっと開けて静かに中に入ると主は判押しの途中だったようで、
「出直しましょうか?」と言ったが、よいよいと中へ招き入れられる。


主は酷く疲れているようだった。


「お疲れでしょう、一服如何と思いましてね。」

持ってきた茶と金平糖の包みを開け机の上へ広げる。

「ありがとう、ではこの甘い小粒をもらおうか。」

優しく笑い金平糖を摘む主に自然と顔が緩む。

久秀はあまり幼い頃の記憶を持たないが、いつもこの笑みが側にあったような気がする。


「どうぞ安心してくださいな、毒など塗っていませんよ。」
主の纏う空気が少し揺らいだ。


試したかったのだ、主は私を信じているのか否か。
滑稽だ、と分かっていても。
空気の揺らぎに久秀の心の奥のくすぶりも揺らいだ。


「久秀、お前に聞きたいことがある。」


真剣な顔付きで、しかしどことなく焦点の合わない目で、主がぽつりと零した。


「なんでしょうかね?」
いつもなら軽く流される程度の戯れ言。胸がチクリと痛んだ。

しばらくの沈黙の後、主の口が言の葉を紡ぎ出す。

「最近私の周りで怪死が相次いでいてな、」


ちらりとこちらを見た主と目があった。

「聞いていますよ、何やら他人に殺されたのではないかと言うあれですよね?」


「そうだ……。お前の…仕業ではないかと、家人の者が何人か申しておるのだ。」


別段自分が疑われることに感情が湧くことは無い。
ただ、自分の目で確かめられない不確かな事を信じる事ができる精神に関心はあったが。

しかし今は何かが違う。

えもいわれぬ感情、初めて抱いた感情だ。

「久秀、」

何かを確かめるかのように主が言った。久秀を真っ直ぐに見つめて。

「お前が殺したのか?」


何かが割れる音が聞こえた。

ただ笑うしかできなかった。
でなければ壊れてしまいそうで。



 
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