壱
□靄の向こうに置き忘れた記憶
2ページ/6ページ
「長慶様…もう…お許し…を…」
柄にもなく命の危険を感じ許しを請うが彼の嗜虐心を煽るばかりでためにならない。
それでもこの主を見限ることができないのは何故なのか?
久秀自身が一番に躊躇っていた。
首をかくなど容易い事なのだ、ひと思いに壊してしまうほうが。
しかし…
しかし主はそれを望むのだろうか?
何より、自分はそれを望むのだろうか?分からない。
無様な思考に自嘲の笑みがこぼれた。
殴られた際に切れた口角が滲みた。
この感情は久秀の知り得ないものだった。
静かに眠る長慶を見ると胸の奥が熱くきゅうきゅうと悲鳴を上げた。
そんな折ふと目を開けた主が自分に「頼みがある」と言ったのだ。
驚いた、もう正気は残っていまいと思っていた。
しかしそこに居る主は確かにかつての主で、昔のような暖かな光を瞳に湛えていた。
「長慶様、如何なされましたか?」
できるだけ平静を纏い久しぶりに戻った主に静かに問いかける。
ゆっくりと此方を向く瞳、久方ぶりに還ってきた主は久秀を見て愕然とした。
「その傷…私がしたのだろう…?」